障害者雇用と3人の育児を両立できないかと奮闘する重度障害者の僕の1日

室内で乾燥のために吊るされた衣類。

今まで、重度障害を抱えながら3人の子育てをする僕の夫婦についてや障害特性についてなどコラムにさせて頂きました。そこで今回はざっくりではありますが、僕の通常の1日の流れを書きながら障害者雇用での子育ての生活感を伝えられたらと思います。

はじめに

今まで、重度障害を抱えながら3人の子育てをする僕の家族のことについて、いくつかコラムにさせて頂きました。

そんな僕ですが、現在は大手建材メーカーの障害者雇用枠にて仕事しています。障害者雇用で働きながら、3人の子育てをしているということもあり、どのような生活スタイルを送っているのかと聞かれることがあります。

今回はざっくりではありますが、僕の通常の1日の流れを書きながら、重度障害者の生活感をお伝えできたらと思います。

目覚まし時計に手を伸ばしている様子。

以前の記事にも書きましたが、僕は30歳のときに突然脳出血を起こして、その後遺症として身体と脳に障害があります。左半身にまひがあり、左腕は機能全廃。全く動かない状態です。

朝の家事

僕の平日の朝は、家事から始まります。仕事と同じくらい家事をすることも重要です。なぜなら、家事は家族の中での自分の居場所を見つける一番の近道でもあったからです。

朝の家事は洗濯から始まります。これには苦労しました。僕にとって洗濯機のボタンは多い上に手順も複雑で、使い方を覚えられなかったのです。

僕には短期記憶障害という、ほんの一瞬で大事なことを忘れてしまう特性もあります。おそらく健常者なら間違うことのない手順を間違ってしまうのです。

何度繰り返してもできるようにならない僕を見て、奥さんが紙に手順を書き洗濯機の上にテープで貼ってくれました。もう1年以上貼ってあるので紙はボロボロですが、僕は今でもそれなしでは操作を間違えてしまいそうで、剥がせないでいます。

その洗濯機が回っている間にごみ捨てなどを済ませます。ごみ捨てといっても自分でごみを集めたり、束ねたり結んだりすることは難しいため、僕の仕事は奥さんにまとめてもらったごみをゴミ捨て場に運ぶことです。

しかし、これも僕の注意障害や空間無視といった障害特性により一苦労です。僕の場合、左側に置いてあるものは認識しづらくなっているので、奥さんが一か所にまとめておいてくれていても一部を置き忘れてしまったりするのです。

結果として、ゴミ捨て場に行って玄関に戻ってくると「あれ、まだゴミがあった」と見つけることになり、何度もゴミ捨て場と家を往復するなんてこともザラです。

ゴミを捨てた後は、洗濯物を干します。僕は片手しか使えないので、この洗濯物を干すという作業はかなり困難。僕の覚えた家事の中でも一番練習が必要なものだったかもしれません。

奥さんが動けるときは洗濯が終わったら、かごに入れた状態の洗濯物をベランダに置いておいてもらい、僕のタイミングでその洗濯物を干す作業を始めるのですが、人の何倍も時間がかかります。奥さんがいないときは洗濯機に貼ってある手順の紙を見ながら洗濯をして、運ぶのを子供に手伝ってもらいます。

最初は「洗濯物を片腕で干すようなことはできるようにならないだろう」とあきらめ半分でしたが、1年がたち、2年がたち、少しずつ干せるようになりその時間も短縮していきました。

すべてがこんな調子なので朝の家事は人より時間もかかり、僕にとっては大変な作業の繰り返しでもあるのですが、毎日続けることで確実にできることは増えてきました。

ここまでの家事を済ませてようやく身だしなみを整えて在宅ワークの仕事にとりかかります。

室内で乾燥のために吊るされた衣類。

在宅ワークの開始

仕事は机に貼ってある付箋を毎日毎日何度も見直しながら始まります。

僕の机にはこれでもかというくらいに付箋が貼ってあります。覚えていることもありますが、剥がすと不安になるので剥がすことができないのです。そして付箋に書いてあることをまんべんなく確認してから、仕事が始まります。

ここからは僕が障害を負ってから社会復帰へ向けて行った努力の全てが詰まっています。

僕は1つの仕事を終えるとチェックを2回、自分で作ったチェック用紙で行うようにしています。それが終わってもまだ上司やお客さんに提出することは出来ません。前の日に行った仕事を再度次の日の午前中に見直し、その後自分の中で最終チェックまで終えたものを上司へと提出する流れとなります。

この1日置くという作業が僕の障害には非常に有効的なことが今までの作業の中でわかりました。

前の日にも2度チェックしてあり、「絶対に間違いはない」と思ってるものでも、次の日に見直すとぼろぼろと間違いが見つかります。この一晩置いてから見直す作業は僕の高次脳機能障害によるミスを限りなく少なくしてくれます。効果は絶大でした。

このように少しずつ自分の障害と向き合って、出来ないことを認めて改善していく努力をしたおかげで、現在の在宅ワークが成り立っています。

それでも、僕は健常者の社員の1日の仕事量の半分もこなすことができないと感じています。重度障害者の社会復帰は簡単ではないと言えるかもしれません。

夕方の生活と家族のサポート

僕の仕事は時短勤務のため夕方には終わります。その後は奥さんにやっといてほしいと言われたことも忘れてビールを飲んでるところを奥さんに見つかり、叱られているような毎日です。

子供に怒られ、奥さんにも怒られ、障害者だから特別だなんてことは家族の中ではなく、自分でできることは自分でしなさいというスタイル。ダラダラしていれば子供にも「パパはだめだー」と言われるどこにでもある普通の家庭なのです。

玄関に整然と並べられた複数の靴。

障害者としての生き方

今までも書いてきましたが障害者といえども特別なんかではありません。特別扱いをされれば、社会に馴染めるものも馴染めなくなるかもしれません。

僕はここでコラムを書き続ける中で、重度障害者と言えども特別ではなく、どうしようもなくできないことは素直にフォローしてもらうけれど、投げやりにならずに前向きに頑張ることの大切さを伝えられたらと思っています。

僕は過去に病気になったとき「自分は重度障害者で楽しいことは何もない。みんなのような人生はどうせもう歩めない。あきらめよう。」と思っていましたが、今はあきらめなければなんとかなることを身をもって体験できています。

今回は僕の生活の一部をありきたりの日常という切り口でかかせていただきました。同じような障害を持つ方の役に立てればうれしいです。読んでいただきありがとうございました。

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ABOUT ME
身体障害者で3人の父親。身体にハンディキャップを抱えながらも人生も子育てもどっちも楽しみたいとトライ中、しかしどちらも大きな壁ばかり、乗り越えられない壁はないと信じて頑張る44歳のパパ。