一度つまずいた私が今もWebライターでいる理由:その1

コンパスを手に持つ人の手

前回の記事では、ASDとうつとHSP気質のある私が普段どのような点に気をつけて業務にあたっているかというお話をさせていただいた。今回は実際に私がWebライターになったきっかけや、つまずいたことや嬉しかったこと、そこから学んだこと、個人的に行ってきた勉強方法などを体験談としてお話しようと思う。

はじめに

最近、Webライターに興味を持つ方が増えていると聞いたので、前回の記事では、ASDとうつとHSP気質のある私が普段どのような点に気をつけて業務にあたっているかというお話をさせていただいた。

タイプライターやカメラ、ノートが置かれたライターのデスク
WebライターはASD・うつ・HSPでもなれる!特性を上手にカバーしよう彗星のごとく現れたChat GPTさんという強敵がWebライターの仕事を奪う日も近いと囁かれている昨今でも、まだまだWebライターになりたい人は多いと思う。今回は、ASDとうつとHSP気質のある私が、普段の業務で気をつけていることや自分の特性への対処法などをご紹介しようと思うので参考にしていただければ幸いだ。...

前回は障害特性との付き合い方やスタンスの部分がメインだったが、今回は実際に私がWebライターになったきっかけや、つまずいたことや嬉しかったこと、そこから学んだこと、個人的に行ってきた勉強方法などを体験談としてお話しようと思う。

1記事にまとめきれなかったため3記事構成になってしまったが、よければ最後までお付き合いいただけると嬉しい。まず、こちらの1記事目は請負時代にお世話になったA社とB社の話をしようと思う。B社の話は主に失敗談だが、Webライターの失敗談はあまりないイメージなので、ある意味参考になるかもしれない。

Webライターになってから今までの時系列

チェックシャツと赤い帽子をかぶった少年

私がWebライターになってから、2023年現在で3年が経過した。ブランク期間を除外すると2年半くらいだが、どうにか今も続いている。

それまでは就労支援に通っていたが、朝は起きづらく、支度をするのもしんどかったので、「就労するための機関にすら通えないのに就職なんて無理なのでは…」と懸念していた。しかし、コロナ期間ということもあってか在宅ワーカーを募集する企業もいくつか見受けられ、運良く在宅の仕事に就くことができた。

時系列にすると下記の通りだ。

  • 2020年6月〜2021年2月(A社:請負期間)
  • 2021年3月〜2021年6月(B社:請負期間)
  • 2021年7月〜2022年2月(ブランク期間)
  • 2022年3月〜現在(C社:社員期間)

※ちなみに、パラちゃんねるカフェのコラムは2022年の2月から執筆をさせていただいている。

A社に応募した理由

Webライターという職業は、「在宅 仕事」とネット検索したときに偶然見つけて知った。私自身、作文が好きなので興味を惹かれたが、スキルも専門知識もないし何より特性と合うのか不安だった。

色々な媒体を調べているなかで、A社を見つけた。A社は未経験者歓迎な上に障害やうつにも理解のある企業だったため、他社よりも心理的なハードルが低く感じられた。

とはいえ、選考内容にテストライティング(ライティングの採用試験)を設けているため丸腰で挑むわけにもいかない。事前に書籍を購入して1週間くらいライティングの基礎を学んでから応募することに決めた。

A社のテストライティングを受けたときのこと

A社のテストライティングの提出期日は約1週間後で、文字数は1000字くらいだったと記憶している。

その点は問題なかったが、与えられたテーマが「最近の経済のトレンド」だったため、愕然とした記憶がある。勝手に抱いていたA社の雰囲気からずいぶんとかけ離れていたこともあるが、「経済ってなぁに? 美味しいの? 」と生きてきた私には高尚なテーマすぎて正直泣きそうだった。

恐る恐る「経済」「経済とは」というキーワードでGoogle検索しても、当時は小難しい記事ばかりが上位表示されていたため、思考も働かなくなった。

数日間ドツボにはまっていたが、あるとき「いや、待てよ。『経済とは』ではなく『経済のトレンド』か!」と気がついた。常人には馴染みがあっても私にとっては「経済」自体がパワーワードすぎて基本的なことを見落としていたのだ。

検索ワードを「経済 トレンド」に変更したところ「当時の経済状況から起こっている社会問題の記事」が表示された。そこでやっと、テストライティングに求められているモノが何かきちんと理解でき、なんとか合格することができた。拙いながらも書き上げたその記事は、今でもA社のサイトに掲載されている。

A社で嬉しかったこと

夜空に浮かぶハート形の月

A社では通常の記事の執筆に加えて、A社から今までの記事をまとめたものを出版する際の編集業務(他人の記事の書き直し)やA社の代表がTwitterに投稿する文章を考える業務も請け負った。

始めて2ヶ月後くらいに「月尾さんの記事は当企業の代表も大変満足しており好評です」とご連絡をいただいた。多分、他の人にも同じことを言っているよなぁ…と思いつつもそういった配慮をしてくれることが嬉しかったし励みにもなった。もちろん、「お世辞だよ! こんなの! 」と言いつつ速攻でスクショを撮って保存したものが今でも残っている。

B社で体調を崩してしまった出来事

A社は納品数に応じて単価がアップする仕組みだったため、ライターを始めたばかりのころと比べて原稿料が上がった。

しかし、A社は1ヶ月で公開される記事本数が少なく、他のライターと取り合いになってしまうのが難点だった。

そんなときに、A社よりも高い単価でB社がライターを大量募集しているのを見つけてしまい心が揺れまくる私。「単価が高いだけでなく、ライターを大量募集している背景を考えると記事本数も多いのではないか」と予測して応募することにした。

B社のテストライティングに合格したときは少し迷ったが、結局B社1本で行くことに決めた。請負なのでA社とB社どちらも並行して所属することは可能だったが、マルチタスクが苦手なためどっちつかずになるといけなかったからだ。

B社では薬機法や文章構成方法の1つである「PREP法」を教えてもらえたことが今にも活きている。その点は感謝しているが、居心地に関してはA社の方が良かったのが本音だ。

企業側が忙しいのはわかるが、担当者によって指示や指摘が異なるため混乱したり、当初よりも期日を狭められてスケジュールが圧迫したり、文字単価を記事単価に変更されて疑問に感じたりすることが増えてきた。

働くうえでそういったことはあるあるだが、私にはあまり合っていなかった。ASD の特性も関係あるかもしれないが、私はこだわりが強くあまり融通がきかない。指示が一貫していないと混乱しやすく、なかなか切り替えられないのだ。

HSP気質もあまりよくない方向に作用した気がする。相手の機嫌を伺いすぎたり、時間や曜日を問わず執筆依頼や修正依頼を受けてしまったりして、なかなか断れない。

それでも、相談さえできればなんとか軌道修正を試みることができたかもしれないけれど、担当者の方の忙しそうな様子が伝わってくるだけに相談ができなくなってしまった。私の悪い癖もあって、3ヶ月で体調を崩して辞めてしまった。

再び無職になったけれど

荷物を持って田舎の未舗装道路を歩く女性

この一件で学んだことは、働きやすさと安定した賃金の両方を得ることの難しさだ。たった1年で再び無職になってしまったので、当時はものすごく落ち込んでしまったし体調も優れなかったが、今となってはブランク期間も無駄ではなかったといえる。

そう思えるようになったのはブランク期間中の出来事が強く関係していると思うので、次回はブランク期間中に自分がしたことや感じたこと、なぜまたWebライターになろうと思ったのか、そのあたりをお話ししていこうと思う。

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ABOUT ME
月尾 いる
愛着障害持ちのASD。愛着障害ゆえ にHSPのような症状が出ることも。Twitter小説大賞、三木露風賞などの受賞経験有り。スピッツが大好き。