髪を抜くことを止められない「抜毛症」とは…20年以上続く「抜毛症」当事者の心理

編み込まれた髪のクローズアップ。

自分の髪を抜きたい衝動に駆られる「抜毛症」。抜かなければいいだけの話だと思われるかもしれないが、抜きたい衝動を抑えることが当事者には難しい。今回は、そんな当事者心理をお伝えする。

姉の抜毛行為を真似して「抜毛症」に

ピンクの背景の前で髪を引っ張る女性の後ろ姿。

小学3~4年生頃から、髪を抜くのが癖になった。きっかけは姉が髪を抜いていたからという、些細なこと。当時は縮毛矯正やストパーが流行っており、とにかくストレートなヘアスタイルがかわいいとされていた時代。姉妹共に癖毛だった私たちは、コンプレックスのうねった髪を抜くことが癖になっていった。

最初の頃は髪を抜く時、痛かった。だが、何度も抜毛を繰り返すうちに、痛みは全く感じなくなり、むしろ、不思議な快感を覚えるように。言葉にできない、その快感を味わいたくて、抜く髪の量、髪を抜く頻度は増えていった。

髪を抜いている時は無心になれ、心が落ち着いた。ガス抜きのような役目をしてくれているとも思った。考え事をしていると、無意識のうちに手は髪へ。1~2時間ほど髪を抜き続けた後、ゴミ箱の中に溢れた毛を見て、何やってるんだろう…と自己嫌悪するのが日常になっていった。

抜く髪は、何でもいいわけではない。痛んでひどくうねった毛や毛根がしっかりとついた毛など、特定の“抜きたい毛”があった。そうした毛が抜けた時は妙な達成感があり、「もっといい毛を抜けたら…」と、より抜毛してしまうように。それが異常な行動だということは、自分でも分かっていたが、止められなかった。

20代の頃の「抜毛症」という病名を知って安堵

編み込まれた髪のクローズアップ。

やがて、母から抜毛行為を怒られるようになった。ゴミ箱に捨てたたくさんの髪を見ては、「抜いたらあかん」や「また抜いて!」などと叱られるようになったのだ。だが、家族から注意されたくらいでは抜毛を止めることはできず。ティッシュにくるんで髪を捨てるなど、抜毛していることが分からないようにして、こっそり髪を抜くようになった。

だが、そこまでして髪を抜きたいこと、抜かずにはいられない自分に嫌気はさす。すると、モヤモヤして、より髪を抜きたくなる。完全に悪循環に陥った。

私はきっと、おかしいんだろう。そう思っていたが、20代の頃、自分の症状には「抜毛症」という呼称があることを知った。悩み、苦しんでいるのは自分だけではないことにホっとした。

「抜毛症」とは私のように、自分の髪を抜くことを繰り返してしまう症状を指す。強迫性障害の一種だと言われており、髪だけでなく、眉毛やまつげなどあらゆる体毛を抜かずにはいられない人もいるそうだ。

また、抜毛時には抜いた髪を指で挟んで転がす、毛の層を歯に挟んで引っ張るなど、特定の儀式が伴うこともあるという。実際、私も学生時代は毛根のひんやり感を気持ちよく感じ、毛根部分を手につけてみたり、口に入れたりしていた。

こうした儀式的な行動はしなくなったものの、今も抜毛症は続いている。不安なことや緊張することがあると、自然と髪へ手が伸びる。してはいけない、抜かなければいいだけだと頭では分かっているのに、抜かずにはいられない気持ちになってしまう。このままでは毛が薄くなってしまう、ハゲてしまうかもしれないと思っても自分では抜毛を止められないのが、この病気の苦しさなのだ。

抜毛症は近年、少しずつ知名度が上がってきている。だが、ひとりで悩んでいる人は、まだまだ多く、抜毛部分をなんとか隠しながら生活している人もいる。治療法は精神安定剤の服用や認知行動療法などがあげられるのが、習慣化している行動を治すことはなかなか難しく、長い年月がかかる場合が多い。

そんな当事者の苦しみがより多くの人に理解され、薄くなった抜毛部分に優しい無関心を示してくれる人が増えてほしい。

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ABOUT ME
古川 諭香
猫の下僕のフリーライター。愛玩動物飼養管理士などの資格を活かしながら大手出版社が運営するウェブメディアにて猫に関する記事を執筆。共著作は『バズにゃん』。書籍レビューや生きづらさに関する記事も執筆しており、自身も生きづらさを感じてきたからこそ、知人と「合同会社Break Room」を設立。生きづらさを抱える人の支援を行っている。