寛解とは?難病との付き合い方を考える

こんにちは、もーこと申します。都内でWeb制作会社の役員をしております。

2年前に突然、高熱と皮疹が続き、指定難病の成人スティル病(成人発症スチル病)と診断されました。病気が判明するまでの経緯はこちら。

社長です。日本に5000人程の難病になりましたはじめまして、もーこと申します。都内でWeb制作会社を経営しています。そんな中、タイトルにもある通り日本に5000人弱しか患者数がいない難病になりました。今回は、自己紹介も兼ねて私が成人スティル病と診断されるまでのお話をさせてもらいます。...

昨年秋に、治療で服用していた薬を飲まなくても良い状態になり、その後も安定した状態が続いているため昨年末に寛解となりました。

今回は「寛解とは何か」そして「寛解中の病気との付き合い方」について考えていきたいと思います。

寛解とは何か?

寛解 は(かんかい)と読み、難病情報センターによると次のように説明されています。

病気が完全に治った「治癒(ちゆ)」という状態ではありませんが、病気による症状や検査異常が消失した状態を「寛解」と呼びます。

難病情報センター

病気によっては寛解のなかでも「完全寛解」や「部分寛解」といった言葉があり、それぞれ別の意味を持っていますが、今回は難病の治療のなかで一般的に使われる寛解について考えていきます。

寛解は、難病治療をしている人にとって目指すところのひとつであり、私自身も寛解を目指して治療を行ってきました。

難病の治療には長期間かかるため、治療を開始して症状が落ち着いても、再燃といってまた症状が出てきたり、薬を長期間摂取することで副作用が出ることも多くあります。

難病は完全に治るものではないと言われているため、再燃せず病気の症状が無い状態、つまり寛解の状態を長く続けられることが理想となっています。

寛解となった時のこと

私の場合は、寛解ですとはっきりと言われたわけではありませんでした。

治療のためのステロイドを少しずつ減らしていき、薬を飲まなくても良い状態が3ヶ月ほど続いた後「もう通院しなくても良いですよ」と担当医に言われました。

その時「これは寛解状態なのでしょうか」と聞いたところ「それで良いと思いますよ」と答えが返ってきました。こちらから尋ね答えてもらう形ではありましたが、担当医の了承が取れたことで寛解ということになったという流れでした。

そのやりとりの後に思ったのは、寛解のはっきりした定義は無いのかもしれないということでした。もしかすると私の方から聞かなかったら寛解とは言われなかったかもしれませんし、薬が無くなったタイミングで聞いていたら、もう少し早く寛解で良いと言われたかもしれません。

思えば治療が始まった当初も、どのような状態になれば寛解なのかはっきり言われたことはありませんでした。症状が無い、落ち着いた状態というのも、それがどういう状態でどのくらい続けば寛解なのかが曖昧だと思ったのです。

薬を飲んでいても症状が無くて落ち着いていたら寛解なの?通院しなくても良くなったら寛解なの?など、結局今もわからないままです。

何種類もの薬を処方されているイメージ

寛解となって感じたこと、それまでの道のり

寛解の了承を得られた時は、そこまで大きな喜びはありませんでしたが、これでひと区切りついたという安心感がありました。私よりも家族や病気のことを伝えていた皆さんのほうが喜んでくれたように感じます。

どちらかというと私自身はその前に薬を飲まなくても良くなった時の方が喜びと安心が大きかったと思います。服用している薬を飲まなくても良い状態にするというのも大きな目標だったからです。

薬をだんだんと減らして無くすまでには約1年半かかり、その間にいくつかの副作用を経験し、身体的にも精神的にもしんどい時期もありました。少しずつ薬を減らしていくなかで再燃の不安もあったため、やっと辿り着けたという感じでした。

薬が無くなったことで、飲み忘れを気にしたり、決まった時間に薬を飲まなければならない煩わしさから解放されたこともとても嬉しかったです。

では、寛解後の体調面はどうかなのかというと病気になる前に戻ったわけではないと感じています。体力の低下が進んだり、暑さや寒さにも疲れやすくなったと感じていて、疲れた時には皮膚に紅斑と呼ばれるような赤みが現れることもあります。

難病の方と話をすると「病気になる前となった後で体が変わってしまった」ということも聞きます。私も同じように感じました。

全てが病気由来ではないかもしれませんが、皮膚の紅斑は発症前には出なかったこともあり、病気になる前と後で体に変化があったと感じています。皮膚の症状は病気になって最初に現れたものだったこともあり、体からの何かのサインかもしれないと思っています。

寛解はスタートライン

寛解になってからの日常生活で大きな変化はありませんでした。変わったことと言えば、周りの方から病気のことを聞かれた時に薬がなくなって寛解になったと伝えられるようになったことです。

ですが、病気の話をする時に完全に病気が無くなったわけではないということが頭をよぎり、少し複雑な思いになります。「寛解は完全に治ったわけではないぞ」と自分にも言い聞かせるようなそんな感覚もあります。

寛解となって3ヶ月ほど経ちますが、今も経過観察の通院は続けていて、周りからの勧めもありしばらく検査を続けて様子を見るようにしました。

いつまで通院をするかはまだ分からないですが、同じ病気の方で寛解から何年か経って再燃したという話を聞くと、この先も病気と付き合っていく必要があるのだなと感じます。

ただ、先を考えすぎてもネガティブな考えに囚われてしまうため「今」の状態に目を向けることを大切にしています。

寛解となった今、病気との関係が新たなステージに移ったと考えて「あらためて病気との付き合い方を考える」ためのスタートラインに立ったと感じています。

たんぽぽの綿毛のアップ写真

まとめ

結論としては「寛解も病気の状態のひとつ」なのだと考えています。

同じ難病でも人によって症状や治療方法の差も大きく、寛解の見極めも人それぞれのため、はっきりとしていません。つまり、人によって寛解の状態もそれぞれ違うのだと思います。

今は、この寛解期間ができる限り長く続いていけるようにしたいと思いながら過ごしています。

そして、難病であるということを忘れたくないという気持ちもあります。寛解になった道のりや体験を同じ病気をもつ人や、まわりの人にも伝えることで何か少しでも力になれることがあれば進んでやっていきたい。自分自身の病気がそこまで患者数が多くないということもあり、私自身がひとつの例になればと考えています。

病気になったという事実は消えるわけではありません。寛解となってからも病気の経験を持つ者として、まずは自分自身の体を第一に過ごしていくこと、同じような病気の方に寄り添える立場であり続けたいと考えています。

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ABOUT ME
1982年生まれ。Webデザイン会社を経営。2021年、手足の発疹と39度の高熱が数週間続き、指定難病である成人スティル病と診断される。その後ステロイド服用による治療をしながら仕事復帰。 病気になったことで、ハンデがあっても働くことの選択肢を増やしたい。病気とつき合いながらも自由な働き方を選んでいきたいと強く想い活動を開始する。