てんかん障害を抱える私が1カ月の休職期間を経て、職場復帰をできるまで。 

日光を浴びて影を落とす小さなガラス瓶に入った緑の植物。

37歳のときに、てんかん障害を伝えた上で介護施設で働き始めた私ですが、6年ほど経った2022年の4月に精神症状を理由に1ヵ月間の休職をしました。今回は、私が休職前に行っていた仕事と、休職後の仕事についてお伝えしたいと思います。

はじめに

私は22歳のときにてんかんと診断されました。てんかん障害とは、意識を失って反応が無くなってしまう「てんかん発作」を繰り返す病気のことです。

幸い、30代を過ぎた頃からてんかんの症状自体は部分寛解に至っているのですが、今度は二次障害の精神症状に悩まされるようになりました。

37歳のときに、てんかん障害を伝えた上で介護施設で働き始めた私ですが、6年ほど経った2022年の4月に精神症状を理由に1ヵ月間の休職をしました。

休職後は、事業主の配慮で現在の私の症状に合うポジションを用意していただき、今は快適な環境で復帰を果たすことができました。仕事に復帰してから約1年半が経過しましたが、今の仕事の方が合っていると感じています。

今回は、私が休職前に行っていた仕事と、休職後の仕事についてお伝えしたいと思います。

 「要介護3」と書かれた介護認定証と車椅子のミニチュア。

休職前に行っていた介護士の業務内容

休職前は、私は特別養護老人ホーム(※以下、特養と略します)の介護士としてフルタイムで働いていました。私が行っていた仕事は、現場での入居者の介助と、事務業務です。

特別養護老人ホームとは、介護を必要とする高齢者の入所施設です。65歳以上の介護度の高い人が入居する施設で、看取りも行うことが特徴です。

そのため、食事や排泄、入浴など、生活のありとあらゆる場面において介助が必要になります。朝目が覚めてから、身体を起こして、服を着替え、トイレに行き、顔を洗って、水分補給をして、食事をとり、歯を磨く。ほとんどの人が当たり前に行っている朝のルーティーンかもしれませんが、ほぼ全ての工程で介助が必要だとかなりの時間と労力がかかります。

特養は入所施設なので、それが24時間365日続きます。職員はシフト制で交替しますが、業務時間内に仕事が終わらないこともよくあります。

介護用の特殊な浴槽が備え付けられた浴室。

日々の介助の他に、季節の行事もあります。たとえば、入居者の衣替えや、生活スペースを彩るための壁画作り、誕生会の色紙づくりなど、イベントの準備や片付けなどです。

また、事務仕事も多くあり、入居者の様子の記録をとったり、その記録の共有や相談などの会議があったり、入居者の怪我や事故があった場合は報告書を書いたり。時には、介護の質の向上のための勉強会や研修などに参加することもあります。

現場の対応だけでなく、日々の入居者の様子を記録して、何かトラブルがあったら他の職員と情報を共有したり、報告したり、その後の対応について会議で話し合ったりします。看護師や機能訓練士といった、別の専門職と連携をとりながら改善点について会議を行うこともあります。

白いキーボード、クリップボード、ペン、クリップで留められた書類が並べられた机の上。

介護士の仕事のやりがいと、きつかったこと

介護士の仕事のやりがいを感じられる瞬間は、自分が担当している入居者が体調にお変わりなく1年が無事に経過した時や「ありがとう」と直接感謝の気持ちを伝えられる時などです。

一方で、私がきついと感じたのは、入居者に時間の使い方を合わせる必要があるという点です。たとえば、入居者の体調が悪くなったりした場合、「業務終了時間が来たので帰ります」という訳にはいきません。私が持病の症状でつらいときでも、休憩できない場合もあります。

また、介護士の仕事は現場がメインです。入居者の介護を行ってこその仕事なので、私は事務業務を8時間の現場労働時間以外で行うことが多かったです。

休職前の当時、すでに心身ともに余裕がない状況でしたが、担当する仕事を増やして欲しいと頼まれて職場の要望に応えてきました。連勤が続くなどのハードスケジュールもあり、これまで積み重ねてきたストレスが溜まって限界を迎えて持病が悪化してしまいました。仕事を続けることが困難になり、休職することになりました。

白い枕とグレーのブランケットが敷かれたベッドと、緑の植物が飾られたサイドテーブル。

休職後から始めた介助員の仕事内容

1カ月間の休職後、事業主の配慮によって仕事内容を介護士から介助員に変更してもらいました。

介助員は介護士のサポートを行う事が業務です。入居者への直接の介護を行う事はないのですが、私は介助員の仕事の方が向いていると感じています。

仕事内容は入居者の各部屋の環境整備です。部屋の掃除を行いながら、シーツ交換をしたり、センサーマット動作確認やポータブルトイレの使用状況を確認しつつ洗浄したり、入居者の部屋での過ごし方を介護士に報告したりしています。その他、入浴場の衛生管理、入浴場の備品の洗浄を任されています。

部屋で過ごす事が多い入居者の場合、部屋の中は介護士の目が行き届きにくい場所でもあります。部屋で転倒して身動きのとれない入居者を早期に発見して介護士に報告したり、入居者から「◯◯して欲しい」と、要望を伝えられた内容を介護士に報告している時は、やりがいを感じます。

その他の業務を含め、あまり目立たない裏方の仕事なので、業務が単調になってしまい、集中力が途切れてしまう場合があるのですが、それを防ぐ為の工夫として、昼の休憩時間に午睡を行うようにして気分をリフレッシュしています。

私は介助員の仕事が気に入っています。介助員は、自分のペースで仕事を進められることもあり、ストレスが溜まりにくく、精神症状が悪化することもないので、介護士よりも自分に向いていると感じています。てんかん障害を抱えている自分だから、そう感じているのかもしれません。

日光を浴びて影を落とす小さなガラス瓶に入った緑の植物。

まとめ

私は介護士の仕事を遅刻や欠勤することなく、6年間続けました。「この仕事を続けていると、いずれは倒れるかもしれない」と思ったこともありますが、あまり深く考えず、とにかくがむしゃらに頑張りました。

休職後、事業主からすれば傷病を理由に解雇する事もできたのかもしれませんが、そうはなりませんでした。

以前の仕事を続けられなくなったときに、配慮をしてくださったのは介護士として働いた6年間があったからではないかと思っています。介助員の仕事を用意してくださったことも、フルタイムの雇用契約を継続していただけたことも、私の6年間の努力を認めてくれたように感じて嬉しかったです。

持病のある私にとって、物事を継続するには強い信念が必要です。それでも、頑張れば道は開ける。今の私はそう思っています。継続は力なり、です。

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ABOUT ME
小泉 将史
16歳の時、父の死から原因不明の「てんかん」を発症する。部分寛解後、原因不明の「てんかん性精神病」を発症する。陽性症状で人間関係の構築が困難な状況に、働きづらさを感じている。投薬治療中。精神障害者手帳3級所持。働き方として在宅ワークを模索中。趣味のキーワードは美術館、パン、スイーツ、ウォーキング、読書、トレッキング。