中途障害を負った人はどう接して欲しいのか。

明るい背景に黄色い花の花束。

昨日まで普通に接していた人が急に障害を負ったら、どう接すればいいのか。受傷直後はどんな風に感じて、何を気にしているのか。40歳過ぎてから左半身麻痺の身体障害を負った私の経験から、どう接して欲しかったのかをお伝えします。

はじめに

私はこれまで、心筋梗塞の手術の合併症の脳梗塞により、40歳を過ぎてから左半身麻痺の身体障害者になり、どういうリハビリをしてきたか、どういう経験をしてきたかということを書いてきました。

そして前回は、中途障害者となり腐っていた私を叱責してくれた悪友のおかげで自分を取り戻したという話を書きました。

病気を治療するために受けた手術で脳梗塞になった私のように、何が起こるか予測できない世の中ですから、みなさんの身の回りにもいきなり家族・知り合い、友だちが障害者になってしまうこともあると思います。

今回は、昨日まで普通に接していた人が急に身体障害者など、障害者になってしまった時にどう接したらいいかわからないという方々のために、あくまで私の経験から、どのように接して欲しいか、どう接すればいいのかという話をしたいと思います。

病院のベッドに横たわる患者の腕と手。

障害を負った直後の心の葛藤

前回の記事で、私は障害を負ったイライラをぶつけてしまった悪友から「めんどくさい」と叱責されたことを書きました。

この対応は、お互いの関係性や本人のキャラによるところが大きいので、あまりオススメはできません。私はその悪友に学生時代からいじられまくっていて、彼の性格や対応の仕方にもある程度慣れていましたから、そう言われて納得できる部分も多分にありました。

きっと障害を負った本人は、受傷直後は体や気持ちが自由にならないことに戸惑い、混乱していると思います。

そういう状況の時は、いきなり根掘り葉掘り聞くよりも、そばにいて寄り添ってあげるだけでいいと思います。相手が落ち着いてきたら、徐々に話を聞いていきましょう。

前回の記事でも書きましたが、「生きているだけで儲けもの」や、「障害を負ったことに意味がある」などの言葉は、励ましているつもりかもしれませんが、はっきり言って逆効果な場合が多いと思います。

障害を負った直後は、「もう自分の人生は終わった」と感じる人も多いからです。実際、私もそうでした。

「もう今までみたいに好きなように仕事をして、好きなように生きられないだろう。こんなに手がかかる体になった人間を友だちと思ってくれる人や仕事のフォローをしてくれる人がいるのだろうか。」と非常に不安でした。

障害者への適切なサポートと距離感

障害を負うような病気や事故以外でも入院中は不安なものです。お見舞いに来て、顔を出してくれるだけでもずいぶんと安心すると思います。

きっと、「障害者になってしまった自分を今まで通り受け入れてくれるのだろうか」と、不安になっていると思います。

障害者になってしまったからといって、かいがいしく介助や手伝いをしてしまうと、本人は「やはりこういう対応をされてしまうのか。」と距離を感じてしまうかもしれません。気遣いのつもりであっても、何でも手を出されてしまうと、自分がものすごくみじめに思えてきてしまうのです。

なので、軽口程度に「そんなこともできなくなったのか?」くらいはいいかもしれませんが(それまでの関係性が大事ですが)、本人が自分でやろうとがんばっているのであれば、必要以上に手を出さない方がいいかもしれません。

そうは言っても、見ていて危ないと思う場面があれば、子どもに接するように、できないことや失敗したことには手を貸すなどの見守りの気持ちでいた方がお互いにとって一番良い距離感となるかもしれません。

明るい背景に黄色い花の花束。

一度お見舞いに来て、相手の状況や姿を見てショックを受け、「もう関わるのはやめよう」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、そういう態度や対応が一番、本人にとっては堪えますし、態度や言葉の節々でそう思っているのだろうなと伝わってきます。

障害者が望む変わらない関係性

私の場合は、「こんな体になって今後、仕事や人付き合いをしていけるのだろうか」という不安や焦りに飲まれていました。「退院したらどこに行こう。あれを食べに行こう。今度はあんな仕事をしよう。」など、前向きで気持ちが紛らわせる楽しい話をしてくれると、不安や焦りについて考えずにすみ「まだ、みんなと一緒にいられる」と安心できました。

障害を負ってしまった人は、できるだけ、障害受傷前と変わらないように付き合っていくことを望んでいると思います。それが安心にもつながります。

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ABOUT ME
市川 潤一
1975年生まれ。長崎県佐世保市出身・在住。愛媛県でライター・編集者・カメラマンなどとして活動していたときに脳梗塞になり、左半身麻痺の身体障害者となる。取材活動ができなくなり、ライターを廃業。障害者雇用の在宅ワーカーとなり現在に至る。障害者の仕事の仕方や見つけ方など自分の経験を紹介していきたいと思います。