余はいかにして精神障害者となりしか~第2回

秋の背景に対して糸に吊るされた様々な色とテクスチャの布製の葉。葉は緑から赤、オレンジ、茶色までのグラデーションで並んでいる。

どうも、「俺のインナーチャイルドが泣いている」でおなじみ糸ちゃんです(なじんでない)。

さて、前回は担任教師の「もっと明るくならないとだめだよ」というしょーもない自己啓発じみた忠言を真に受けた結果、楽しい学校の仲間たちからイジメまくられるようになったところまで話しましたね。

ちょっとそこに行くまでが長くなりすぎて、このままでは永遠に自己紹介が終わらない気がしてきたので今回からはちょっと駆け足でいきます。

余はいかにして精神障害者となりしか~第1回

中学校進学後の精神状態の悪化

まずイジメられたまま中学校に進学した私の精神状態は、冷蔵庫で1週間放置した生肉のように最悪の状態になっておりました。

勉強などとても手に着かず、せっかくできた彼女もほとんど放置し(Aちゃん、本当にごめんなさい)、夢野久作や桐野夏生などおよそ中学生が理解できるはずもない作家たちの、狂気めいたどす黒い文学の世界に耽溺するようになっていたんですね。あとは猿みたいな頻度で行われる自慰行為で現実逃避してました。

それで、私は元々多分おそらくきっと地頭がよくて勉強はかなりできる方だったので、中学生になってからの学力の低下ぶりに両親の怒りはひとしおでした。

「せっかく期待してやってたのに、こんなバカだと思わなかった!さっさと死ねクズ!」的なことを何度も(ほぼ毎日)言われ、一方学校では相変わらずイジメられているのでまあ居場所がないわけです。

結局は世の多くの悩める少年少女のご多分に漏れず、リストカットやその段階ではまだ可愛かった自殺未遂の未遂みたいなことを繰り返しやっていました。あとは遺書を何度も書いてましたね。そんで切った腕から流れる血で書いた遺書に血判を押したりしてました。

「身体髪膚(しんたいはっぷ)之を父母に受くあえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」とは有名な孔子の言葉ですが、要は「おっとさんおっかさんにもらった大事な体を大事にすることがまずは基本的な親孝行だよネ★」みたいな意味です。

ですが私の場合その「おっとさんおっかさん」が自身の存在を全否定してくるので、まあ俺には特に関係ないかな、ウヘヘという心境でした。

教室内の机と椅子のクローズアップ。背景には教師の机と黒板が見える。

高校退学と閉鎖病棟デビュー

それでもなんとか中学校卒業まで学校に通いとおし、無勉強で大したことない偏差値の県立高校に進学したのですが、冒頭で書いた担任教師の呪いが完全に身に沁みついてしまっていたので、やはりそこでも私はなぶられるために存在するピエロとしてしか「明るい自分」を実践することができなかったのです。

読者の方もぼちぼち察してくださってると思うのですが、この辺で私の精神は崩壊し始めました。学校でも家庭でも希死念慮を口にするようになり、どうにもごまかしが効かなくなっていたんですね。ちなみにこの時期母親に「僕が死んだら内臓は寄付してくれ」と言うと「親にそういうこと言うのやめてもらっていいですか?」とひろゆき風に返されました。

そんな私を見た父親は、自分の兄弟(私の叔父)が似たような状況になって失踪したこともあって早急に対処する必要があると感じたらしく、すぐに私を精神科医のもとに連れて行きました。診断では希死念慮の内容について訊かれ、「死にたいというか死ななければならない」と答えると、一同「こりゃアカンわ」という話になって即、閉鎖病棟に入院することと相成りました。

あ、高校はこの時退学しています。入学してから1カ月くらいのことです。

そして前回予告した通り精神科閉鎖病棟に華々しいデビューを飾ったわけですが、全然知らない、しかもそれぞれが病んでいる人たちとの集団生活は思っていた以上に地獄で、良くなるどころかどんどんと病状は悪化していきました。

白い壁と天井、そして数多くのドアが並んでいる空の学校の廊下。奥に扉が見える。

精神科医療への失望

ちょっと話が逸れる&また2回目の入院の話の時に書くのですが、どうも世間一般の人たちは他の体の病気などに照らし合わせて、入院というのが治療の最上・最善の選択肢だと考えているようですね。こと精神科領域については全然そんなことないのですが……。

話を戻すと、入院のストレスがとにかくヤバくてたまの自宅外泊の機会に過去最大級の自傷行為をしてしまう、それが親バレするなどの事件もあり、私の心は「とにかく退院したい、こんなところから抜け出したい」という一点にのみ集中するようになりました。

それで具体的にどうするかというと、皆さんはマネしてはいけませんが良くなったふりをするのです。主治医にも「完璧に治療は成功したからオラっちいつでも社会に復帰できるぜ!」と息巻いて、その結果あっけなく退院させてもらえることになりました。

この時私が感じたことは、精神科医療はゴミだなということです。精神科医・カウンセラーなんてものは患者が病状を自己申告すればそれを真に受けて、効きもしない薬を処方して治療行為をしている気になってる高学歴バカの集まり。なんのエビデンス(科学的根拠)も後ろ楯にない、その辺に転がってる有象無象の死ぬほど胡散臭いなんちゃらセラピーと大同小異の自称プロフェッショナルによる自慰行為であると。

光に照らされて輝く赤い秋のカエデの葉。背景にはぼやけた自然の景色が広がっている。

まあ今となってはこんな大それた恐れ多いこと、それこそ死んでも書けないわけですが(書いとるがな)、当時はそんなことを思い、ここから長年続く精神科医療全般への不信感につながっていくのでした……。

例によって長くなりました。今回はここまで。次回は通信制高校に通いながら3年間ほぼ自室に引きこもっていた時期の面白話、行けたら大学に入学してPSW(精神保健福祉士)を目指すに至った経緯を語れたらな、と思っています。

ではではみなさん、Have a nice day!

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ABOUT ME
糸ちゃん
1994年生まれ。いじめや家庭内不和で精神障害(双極性障害Ⅱ型)を発症しながらも、福祉系の大学で4年間福祉について学び精神保健福祉士を取得。現在は大分県別府市にある訪問介護事業所で事務・広報の仕事をしている。 ライターとしての心がけは「しんどいことを楽しく伝える」こと。自身の体験を専門職と当事者両方の視点で語っていきたい。