ボクのLiving with HIV~番外編

頭の中で考えたことを紐解いている人のイメージ

『ボクのLiving with HIV』として全5回にわたり、ボクがHIVに感染したと思われる行為から陽性告知、診療、心理カウンセリング、自助会の参加、服薬開始などのお話をさせていただきました。

その中で少し話題にしました、臨床心理士Kさんとの心理カウンセリングがボクの生き方やメンタルヘルスに大きく影響を与えました。そのやり取りについて、お伝えします。

ボクのLiving with HIV~1
ボクのLiving with HIV~2
ボクのLiving with HIV~3
ボクのLiving with HIV~4
ボクのLiving with HIV~5

ボクが臨床心理士Kさんの心理カウンセリングを受け始めて3年くらいたった頃でしょうか。Kさんから「日本エイズ学会(学術集会)で勝水さんのケースを症例報告として発表したい」と言う申し出がありました。もちろん個人が特定されることはないと分かっていましたが、ボクは一つ条件を出しました。それは出来上がった抄録(学会発表をする時、参加者に配布される発表内容の概要を記した文章)を事前に読ませて欲しい、と言う要望です。

内容を精査したり添削したりする気持ちはなくて、ただ単純に、臨床心理士という専門家がボクの心の動きをどの様に受け止め考察したのか、個人的に知りたいと思ったからです。

Kさんはボクの要望に快く承諾してくださいました。

確か当時、プリントアウトされたものを頂いたはずなのですが、この20年弱という時間の中で紛失してしまい(笑)どうしたものかと思っていたのですが、ネット検索したら何と原文がPDFファイルで見つけることが出来ました!(2023年11月現在)

一応、ネット上にも公開し公にされているものなのですが、当時のボクのプライバシーを考慮し、個人が特定できない状態で記載されているものなので、タイトルなどは詳しくは書きませんが、一部、本文から引用しながら、臨床心理士Kさんがボクの心理を考察し、それをまた心理職となったボクが更に再考してみたいと思います。

心理職の人が考えて分析するイメージ

副題は「他者による自己受容から自己による自己受容」です。

事例の冒頭

〝保健所の陽性告知を経て初診となった。その間、自らHIV感染症の情報収集を行った経緯があり、感染事実を冷静に受け止めていると言う主治医の報告があった。〟

もう、その通り(笑)読んでて笑った。

「ボクのLiving with HIV」内でも書いたけど、ボク自身が医療従事者と言う事も影響していたと思うし、とにかくネットで色々調べたってあったでしょ?だから主治医にしてみれば「感染事実を冷静に受け止めている」と言う印象だったんだろうね。そしてボクも「冷静に受け止めている“風”」を装っていたし。

〝職場の同僚への告知とその反応、心の揺れ、未治療状態であることへの患者としての不全感、新たに出会った人への告知と受容拒否、漫然とした不安や孤独感が吐露された。〟

そうそう!そうななんです!『心の揺れ』『患者としての不全感』『受容拒否』『漫然とした不安や孤独感』難しい言葉で羅列されているように思えるけど、今、ボクがこの文章を読むと「そうそう!そんな感じ!」って思う。

『心の揺れ』というのはボクが「このままでいいのか?」「何をどうしたらいいのか?」と言う疑問と迷い、みたいな事を表していると思う。『患者としての不全感』とは、まだ服薬も始まらずそれを“待っている”と言う患者としての立場を表している。『受容拒否』と言うのは新しく出会った人にボクのHIVステータスを伝えたときに受け入れてもらえなかったこと。そして『漫然とした不安や孤独感』は言葉の通り。“不安”といってもその不安の対象がハッキリしなくて「なんとなく不安」と言う心理状態だね。

〝そこには、他者受容による自己受容を求める姿があった。〟

今振り返ってみて思うのは、確かに「HIV陽性者であるボクを受け入れて!」と周りの人に求めていたんだと思う。ボクは周囲の人達に自分のHIVステータスについて、どちらかと言うと積極的に開示してきた方だと思う。というのは、周りの人が受け入れてくれないとボクという存在意義がなくなってしまうような感覚と、「周りが受け入れてくれるなら自分も自分で受け入れよう」みたいな思いもあったかな、とも思っている。

〝そして、自身に存在するHIVへの偏見差別が明らかになり、この偏見差別が様々な心理的葛藤を生じさせていることが判明した。〟

心理カウンセリングを重ねていくうちにボクの中での気付きがあり、それによってボクが心理的に回復するきっかけになった事がここに書かれていると思う。それは、ボクがHIV感染症に対する偏見差別があったからこそ自分自身がHIV陽性者であるということを受け入れられなかった。だから、どんなに周りの人が「HIV陽性者の勝水さん」を受け入れてくれてたとしても、ボク自身が「HIV陽性者であるボク」を受け入れられなかった。だから苦しかったんだろうな…と。

ノートパソコンに頭をうなだれて苦しんでいる人のイメージ

〝患者会にも参加する中で他の感染者の価値観を学び、一方、非感染者との繋がりをも広げる姿勢を維持し、内在化する偏見差別を乗り越える営みを続けていった。〟

ボクって素晴らしい(笑)「HIV陽性者であるボク」を受け入れられないからと言って、自分の殻に閉じこもらず、患者会(当事者会)に参加したり仕事でもプライベートでも、色んな人との関わりを断つことなく、生活を続けていったんだよな。

〝CO(カウンセラー)との緩やかな繋がりが語りの場を保証する事となり、語ることが内在化する偏見差別への気付きを導いたと考えられる。〟

ここに『心理カウンセリングの真義』があるような気がするんだよね。心理カウンセリングにおいて、問題を抱えたクライエントが問題解決のために心理カウンセリングを求めてやってきたとしても、実のところ、その問題解決の方法はクライエント自信が持っていることが多い、って言われているんだよ。結局、答えはボク自身が持っていて、“心理カウンセリング”と言う安全な場所で語ることで気付きがあった…もうコレしかないと思うんですよ。本当に。

〝語ることで自己確認・自己変容が可能となり、さらに患者会等を通じて多様な価値観に触れることで自己の価値観に対する内省的検証の機会を得ることとなった。〟

たかが『語り』されど『語り』。

そして患者会に参加することで多様な価値観と触れ合い、自分の中にある『自分の物差しが正しいのかどうか』『そもそも物差しなんて必要なのかどうか』そういう自問自答の機会が増え、それがボクという人間の、成長の一助になったのだと思う。人から「あなたはこういう人間だからこうしたほうが良いよ」と言われるのではなく「自分自身で自分がどういう人間だと思うから、だからこうしたい。こうなりたい」と言う気付きがあったからこそ、自分の望む姿へ変化(自己変容)しようと思い行動していたのだと思う。本当に。

頭の中で考えたことを紐解いている人のイメージ

ボクが受けた心理カウンセリングの概要を、心理職となったボクが振り返るというのは、非常に珍しいケースだと思うし、ボクもこういう機会が出来たことに、すごくすごく嬉しく思っています。

20年近く前の話ではあるけれど、ボクはKさんの残してくださった文章を読むことで、更に自分自身を知ること(自己理解)が深まったと思っています。

Kさんは沢山の贈り物をボクたちHIV陽性者に残してくれました。今、Kさんは海外に拠点を移されて個人的には行き来がなくなってしまいましたが、このコラムがKさんの目に留まってくれた嬉しいな、と心から願っています。

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ABOUT ME
勝水 健吾
1975年岐阜県生まれ。長く理学療法士として医療機関に勤務。働きながら社会福祉士免許取得後、大学院修士課程を修了。リハビリテーション療法学修士。その後、産業カウンセラーの資格を取得。現在はフリーの心理カウンセラーとして活動中。セクシャルマイノリティ(ゲイ)であり身体障害者(免疫機能障害)であり精神障害者(双極性障害)である。