ボクのLiving with HIV~5

医師のイラストと薬のボトルが描かれたイラスト。ブログ「ボクのLiving with HIV~5」のトップ画像。

定期的なHIV診療(血液検査)と心理カウンセリングを受けながら、ボクは投薬が始まるのを待ちました。しかしその間に徐々に体調は変化し、心理的にも大きな変化がありました。

ボクのLiving with HIV~1
ボクのLiving with HIV~2
ボクのLiving with HIV~3
ボクのLiving with HIV~4

大学院修士課程入学と理学療法士養成校の教員就職

2005年春にボクは、大学院修士課程に入学すると同時に、念願の「理学療法士養成校の教員」となり、とある専門学校に就職する事ができました。

専門学校に就職し、自分の研究はもちろん、講義、学生指導、学会発表など、慣れないことばかりでしたが、ボクは無我夢中でした。

これは盲点、と言うかただのウッカリなのですが(笑)ボクはずっと医療機関に勤めていたので、時期になると「インフルエンザの予防接種」は職場で必ず接種していました。もちろん福利厚生でもあり職場からの命令でもあったので。ただ、専門学校に就職した最初の年はそんな事もすっかり忘れていて、予防接種を受けず、人生で初めて「インフルエンザ」を経験しました。これは憶測なのですが、HIVによりボクの免疫力は徐々に低下し、加えて予防接種もしなかったためインフルエンザに罹ったのだと思います。

専門学校は土日祝日が休みだったのですが、その他、週の平日に一日〝研修日〟と言って、自分自身の研究活動や臨床活動に割り当てても良い(要は出勤しなくても良い)日があったので、その曜日を研究活動および受診日に当てることができたので、ボクはあえて職場に病気の事を開示はしていませんでした。

臨床心理士Kさんの患者会参加で得た新しい価値観

一方、臨床心理士Kさんの主催する患者会にも積極的に参加するようになりました。患者会に参加することは、単純に「同じ病気を持った、同じセクシャリティの人と会える」と言う事だけではなく、そこで様々な年代・職業・家庭環境の人たちの話しを聞くことで、ボクのもともと持っている世界観にはない価値観や物の見方というものを知る事ができる、貴重な体験となったのです。

どんどん、ボクの中で色々な化学反応を起こし変化が感じられるようになった頃、Kさんから、とある申し出を受けました。

「勝水さんとのこの心理カウンセリングを、エイズ学会で症例として報告したい」との事でした。

ボクは少し迷って、条件付きで了承しました。その条件とは「学術集会の抄録を発表前に読ませて欲しい」と言うことです。Kさんはボクの提示した条件を快く了承してくださいました。
なぜボクがこのような条件を出したかというと、ボクの心の変化の過程を、専門家はどんなふうに分析し解釈しているのか知りたかったからです。

そのケーススタディのタイトルが『内なる偏見差別を乗り越えて‐他者による自己受容から自己による自己受容』と言うタイトルでした。

心理カウンセリングのケーススタディと自己受容の気づき

一通り抄録を読ませていただいて、なんだかスーッと腑に落ちたように思いました。
ああ、ボクはずっと自分で自分を受け入れられなかったんだ。
周りの人がどんなにボクを受け入れてくれたとしても、自分が受け入れなかったから楽になれなかったんだ。
そしてそれは、ボク自身の中にHIV感染症やAIDSに対する偏見差別を持っていたからなんだ。
けれどボクは、このままのボクで良いんだ。

この抄録を読ませていただいたことで、『HIV感染症であるボク』が『ただのボク』になったような気がします。

鏡に映る自分に花を差し出すスーツ姿の男性のイラスト

体調の変化と免疫力の低下

さて、体調面はどうかと言うと、実はその頃からボクの免疫力は一気に低下していました。

生活環境もライフスタイルも変わり、自分自身で自覚のないままそれらがストレスになっていたのかもしれません。専門学校に就職した年の夏頃から、主治医から「そろそろ投薬を考え始めたほうがよいかも」と言われていました。

その頃のCD4は200/μL前後をウロチョロしていて、障害者手帳もそろそろ申請しようということになり、投薬が始まる前に身体障害者手帳を申請しました。

その直後ぐらいでしょうか、ボクは職場からの命令で、9月~10月の1ヶ月間に及ぶ長期講習会を受けることになりました。しかも大阪でマンスリーマンションを借りて。

その長期講習会へ出発する直前の定期受診で主治医からは「その講習会から戻ってきてから服薬を考えましょう」と言うことになり、薬剤師さんからお薬の説明をうけ、ボクはどの薬を服薬するかを決めて、長期講習会へ出発しました。

長期講習会の楽しさとストレスの影響

長期講習会自体は比較的楽しくて(笑)また大阪には友達もたくさんいたので、週末になると誰かと遊びに行ったり、夜は食事会を開いてもらったり飲み会をしたりして息抜きもしていました。また、職場である専門学校の学生からは、定期的に卒業研究の相談のメールがあったので、まあそれなりに忙しくしていました。

でも、それほどストレスフルには感じていなかったのですが…

長期講習会から戻ってきてすぐに受診。
ボクの定期受診では、診察の後に血液と尿を採取して、その結果は1ヶ月後の受診時に聞く、と言うスタイルだったので、その時の定期受診の診察で、長期講習会参加中の体調等報告して、採血・採尿して帰宅しました。

それから1週間後でしたでしょうか。
病院から電話がかかってきました。「勝水さん、体調は大丈夫ですか?できれば早めに受診してほしいのですが…」と。ボクはなんとなく察し、早めに受診の予約を入れました。

CD4値28の結果と服薬開始

「勝水さんCD4が28です。早速、服薬を始めましょう」

ボクは長期講習会に参加している間に、大きく免疫力が低下していたんです。幸い日和見感染症(健康な人であれば感染発症することのないウィルスや菌が原因で発症する感染症)などの症状はなかったのですが、普段と違う生活環境などの影響もあったのでしょう。ボクはすぐに服薬を開始しました。

ボクが選択した薬は、当時、一番よく使われるお薬を服薬することになったのですが、3種類の薬を2回/日、しかも必ず食後に服薬しなければならず、とてもとても面倒でした。服薬するタイミングというのは非常に大切で、血液中にお薬の成分が一定濃度保つ必要があり、どうしてもシビアに管理する必要があったのです。

ボクの場合は、ライフスタイルに合わせて、朝食後と夕食後に決めて服薬し始めたのですが、夜はどうしても食事のタイミングが不規則になりがちです。食事が摂れない時は果汁100%のジュースを飲んだりおにぎり1個でもいいので食べたりしてから、と薬剤師さんから指導を受けていたので、なんとかそれを実行していました。

医師のイラストと薬のボトルが描かれたイラスト

服薬開始後の副作用

しかし服薬し始めてすぐ副作用がでました。
常に胸ががムカムカするような吐き気と、頭がガンガンする頭痛です。
すぐに定期受診外で主治医のところへ行き相談し、対症療法のお薬をもらい、2週間ほどで副作用は消失しました。

しかし、服薬して1ヶ月が過ぎた頃、体に痛痒いような発疹が出てきたのです。

ボクはすぐに気づきました。「帯状発疹だ」と。
帯状発疹は、水疱瘡にかかったことのある大人であれば誰でもなる病気なのですが、ART(抗レトロウイルス療法:antiretroviral therapy)を始めた初期に出現するという『免疫再構築症候群』というものの中に『帯状発疹』が挙げられているのです。詳しいことは割愛しますが、服薬を始める前に主治医からその可能性について聞いていたので、ボクはすぐに受診しました。

帯状発疹は放置して治療が遅れると、つらい痛みが後遺症として残り、QOL(Quality Of Life:生活の質)を下げると言われていることを知っていたので、とにかく早く対処しなければ、と思っていました。

幸い、気づいてすぐに受診し、服薬や塗り薬などで程なくして回復しました。

レントゲン写真を見ながら患者に説明する医師のイラスト

保健所でHIV陽性告知を受けてから服薬を始めるまで約3年。
こうやって『ボクのLiving with HIV』は、ドタバタとかなり急ぎ足で始まっていきました。

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ABOUT ME
勝水 健吾
1975年岐阜県生まれ。長く理学療法士として医療機関に勤務。働きながら社会福祉士免許取得後、大学院修士課程を修了。リハビリテーション療法学修士。その後、産業カウンセラーの資格を取得。現在はフリーの心理カウンセラーとして活動中。セクシャルマイノリティ(ゲイ)であり身体障害者(免疫機能障害)であり精神障害者(双極性障害)である。