統合失調症を持つ私の結婚に対する周囲の反応

海を背景に並べた2人の手、それぞれに結婚指輪が見える。ブログ「統合失調症を持つ私の結婚に対する周囲の反応」に関連する画像。

私は、統合失調症・てんかん・加えて甲状腺機能低下症の持病があります。そんな私と夫と出会ったのはお互い22歳の頃でした。出会いはマッチングアプリです。

今回は、統合失調症を持つ私の結婚に対する周囲の反応をお届けしたいと思います。もしどこかでご参考になれば幸いです。

大学生のときに出会って結婚、そして家族に

私は京都の山奥にある女子大に通っており、確か大学2年の夏に統合失調症を発症。4年生になっても就活なんてできるはずもありませんでした。しかし、社会的身分に言い訳がつくよう、卒業後に科目等履修生という制度を使って2年をかけて教員免許を取得しました。

一方夫は、京都の市中にある大学に通っており、大学3年頃に実母を亡くしています。それは、私と出会う半年ほど前の出来事のようです。そして夫も2年の留年が確定していました。本人曰く「サークルにハマりすぎて朝起きられなかった」そう。

夫との出会いは、私が科目等履修生をしている時の話。つまり、お互いが22歳の4年生で大学を出れないと確定した時の話です。

最終的に夫は、統合失調症やてんかんを持つ私と結婚しました。大変懐が深い人だと、今でも思います。我々の結婚時期は分かりやすく言うと、24歳の大学6年生を卒業するのと同時期でした。その後、夫が東京のIT関連の仕事へ就職が決まった都合で上京しました。

その後2年足らずで統合失調症を再発するのですが、またどこか別のコラムでお話しできたらと思います。結論としては、統合失調症再発後も家族生活は継続しています。

兄は再発した場合のことを心配していた

最初は私の兄の反応について。結婚の挨拶をしに私の実家を訪れた夫は、私の兄に聞かれていたことがあります。

「妹の病気、東京で再発したらどうするの?」

そして私にもこう言いました。

「お前、支離滅裂なこと言って家飛び出した時に、旦那さんがどうしようもなくなって逃げた場合、どうすんの?」

当時私は「幸せな雰囲気に水をさすな」と思いましたが、一方そのことは大変現実的な問題でもありました。

この時に、私たち夫婦は何も答えられなかった記憶があります。けれども、現実的ながらも大変優しい性格の兄は、心配しながらも最終的に結婚を見送ってくれたのでしょう。

実際、結婚後2年足らずで統合失調症を再発しましたが、夫と当時東京で学生をしていた弟が、なんとか私を精神科の入院までことを運んでくれました。そのような早期治療のおかげで私は今でも、なんとか社会生活を営めています。

きっとこの時に、私と同じように、夫の頭にも兄の言葉がよぎったこともあるでしょう。私と離婚しなかった理由の一つに、妻の家族に対する責任感のようなものがあったのかもしれません。

石畳の上に映る2人の人影。

「普通の人生」を歩めると思っていなかった両親

統合失調症再発後、しばらくしてから、私の父がポツリと本音のようなものをこぼしたことがありました。

「まさか、統合失調症になった自分の娘が、結婚して普通の人生を歩めるとは、思わなかったなあ…」

初発の統合失調症を発症した大学時代の頃、父は大学まで車でほぼ毎日送迎してくれていました。当時は自分では大学に行けないほど、統合失調症の陰性症状がひどかったのです。

そのような私の姿を父は間近で見ていたためでしょう。独り言のような、私に語りかけているような、そのような一言をもらしていました。

また、統合失調症になってからすぐの時期に、私は父に聞いたことがあります。

「普通に結婚して、普通に働けるかなあ」

当時、父はその一言を私から聞いた時に「どのように返事をしてよいか分からなかった」そうです。当時のそのような父の心持ちを母から聞いたことがあります。

私の両親は、私が一番つらかった時期をそばで見守ってくれていました。結婚をしたことは、一抹の不安とセットだったかもしれませんが、嬉しかったのでしょう。

持病のことは夫を通して義父に伝えていた

結婚するときにあたり、私に統合失調症やてんかんがあることは、夫を通して義父に伝えました。そのあたりは私が直接関与していないため、どのような流れで伝えてどのような反応があったか分かりません。

一方、東京で統合失調症が再発した時は、義父もリアルタイムで知っていました。実際はどのような心境だったかは、今では知る由もありません。けれども、再発後しばらくして少し元気になった頃に義実家へ伺った際、とても心配してくれていたことを覚えています。

また、私が何度も謝罪しているうちに「もうそのことは忘れなさい」と伝えてくれました。

きっと義父の中でも複雑な心境の中、なんとか絞り出した言葉だったのではないでしょうか。それでも「私たち夫婦のことは二人で決めなさい」というスタンスは昔から変わらず、ずっと我々のことを見守ってくれています。

結婚式で手を繋ぐ新郎新婦の手のクローズアップ。

結婚後の再発を通して私が決めたこと

それは、できる限り再発をさせない生活を送ることです。例えば、服薬を勝手に中止しない・毎日心身のモニタリング表をつける・月一の訪問看護を利用して自身を振り返るなどです。

統合失調症が再発した要因の一つに、服薬を自己判断で中止したことがあげられます。また、コロナ禍もあいまってストレスの多い生活も重なりました。

そのような経験を振り返り、まずは毎日薬を飲み、ストレスを可能な限りためない生活にするよう、心がけています。

夫や子ども、周囲の人々にとって、統合失調症の陽性症状は戸惑ってしまう状態です。それはもう仕方のないことです。だから私は、私含め周囲の人々の平穏を保つために、再発防止に最も効果的な服薬は欠かさないようにしています。

それでも再発してしまうことはあるかもしれません。そのような時に、すぐに相談窓口になり得る訪問看護を月一利用しています。

これで完璧とは思っていませんが、何かあったときに、周囲の人々の負担を少しでも減らすことを心がけて生活しています。

統合失調症との共生は、何かと大変です。けれども私は、夫や子ども、猫ちゃんがいて、周囲の人々が見守ってくれている今の生活に、幸せを感じています。このような現実もきっと悪くないものです。お互い程よくやっていきましょうね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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ABOUT ME
綿 まるみ
京都女子大学文学部卒業後に教員免許を取得し、教育保育関連を経てwebライターへ。小学生の頃よりてんかん、大学在学中に統合失調症、甲状腺機能低下症を発症。「普通に生きることが難しい」と感じた経験から、様々な病気と共存しつつも平凡に生きることを目標にしている。