障害者手帳の割引や控除を受けることに罪悪感
~捉え方を変えたら心がラクに~
1
1
2022.7.20
障害者手帳を持っていると、所得税が控除されたり、電車代や映画代が割引されたりする。けれど、それらを「自分に与えられた権利」と思えるまでに当事者は葛藤することも。
現に私は長い間、障害者手帳を持っていることによって様々なサービスや控除を受けることに抵抗があった。
執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa
障害者手帳のサービスを受けることに罪悪感があった
障害者手帳を持っていると、交通機関の運賃や電話料金、テーマパークの入場料、映画代などが割引され、所得税が控除される。そうした仕組みはとてもありがたいし、便利だ。私は1級の障害者手帳を持っているので、受けられる割引や控除は最大。だが、私はそうしたサービスを“自分に与えられた権利”だと思えるまでに時間がかかった。
幼い頃から私は両親に、「障害者手帳の割引は受けちゃダメ」と言われてきた。両親は私を生んでから、世間の障害者に対する偏見に何度も触れてきたから、私が障害者として見られることで傷つくことを避けたくて、そう言ったのだろう。
けれど、その教えがずっと心にこびりついて、障害者手帳を提示してサービスを受けるのは悪いことであるように思えてしまい、使うことができなくなった。
自分より、もっと苦しい思いをしている人がいるのに、私みたいに日常生活が普通に送れる人間が割引や控除を使ってはいけない。根治といわれている手術をしてからは、そんな想いがますます強くなって、自分に与えられているサービスを「当然の権利」だとは思えなかった。
障害者手帳は「自分の世界を広げてくれる道具」でもある
そんな時、担当医の紹介で同じ病気の女の子と会う機会があった。その子は美術館をめぐるのが好きなようで、障害者手帳を活用して様々な美術館に行っていると話した。
自分とは真逆な障害者手帳の捉え方だ…。そう思った私は興味が湧き、「正直、障害者手帳で割引を受ける時、罪悪感みたいなものがこみ上げてこない?」と尋ねた。
すると、その子は「私はそう思ったことはない。実はお母さんも心臓病だから、昔から自分の世界を広げるために障害者手帳を使いなさいって言ってくれてるんだ」と答えた。
それを聞いた瞬間、私はハっとした。そもそも私と彼女では、障害者手帳に対する考え方が違ったのだ。私にとって緑の手帳は自分に障害があることを表す、見たくもない劣等感の証でしかなかった。
けれど、彼女にとって障害者手帳は自分の世界を広げる、ひとつの道具でもあった。そうした認識の差が互いの使い方の違いに繋がっていることに気づいて、私の中で障害者手帳の受け止め方が変わった。
どうせ、一生持っていなければならないものならば、私も自分にとってプラスとなる捉え方・使い方をしたいと思うようになったのだ。
体調や気持ちと向き合って障害者手帳の使い方を考えていく
そう思えるようになってからは、自分にとって必要だと思った場合は障害者手帳のサービスや控除を活用できるようになった。例えば、所得税の障害者控除は一年間、必死に働いた自分にとって“受ける権利があるもの”だと思えるようになったため、毎年申請している。
その一方、映画代やプライベート時の電車代、高速道路の割引などは一度利用してみて、自分的にしっくりこなかったので、今は活用していない。自由に体が動くうちは健常者と同じ料金を、サービスを提供する側に支払いたいという想いが自分の中にあるため、これらの割引は、もっと体の自由が利かなくなったら活用させてもらおうと考えている。
障害者手帳を持っていることによって受けられるサービスや控除を活用することは、私たち障害者に与えられた尊い権利だ。だが、私のように、それらのサービスを利用することに抵抗があったり、なんとなく罪悪感が湧いたりしてしまう人は、自分が気持ち的に納得できてから利用し始めてみるのもよいかもしれない。
どんなサービスや控除をいつ、どの時期から使うかは当事者次第。だから、体調や自分の心境などを考慮して、少しずつ使い方をアップデートしていけばいいのではないかと私は思う。
各種サービスや控除を「当然の権利」とまでは思えなくても、「困った時に頼れる権利」として捉えられ、心が楽になる人が増えてほしい。