治療のカギは傷ついた“あの頃の私”を癒すこと…「複雑性PTSD」の治療法とは?
1 1
2024.3.4
持続的な虐待やDVなどのトラウマ体験をきっかけに発症する「複雑性PTSD」の治療法は、まだ国際的に検証が進められている段階だ。では、実際に「複雑PTSD」と診断された当事者は、どういった治療法を選べばいいのだろうか。今回は私が行っている治療法を、ひとつの例として紹介したい。
執筆:古川 諭香 Yuka Furukawa
治療のカギは「今の私」ではなく「傷ついた私」を癒すこと
複雑性PTSDに有効だとされている治療法は、薬物療法やトラウマ体験に焦点を当てた心理療法、行動認知療法など、様々。だから、当事者はどんな治療法を選べばいいのか悩んでしまうこともあると思う。
私の場合は社会不安障害やうつ病と診断された10代の頃、向精神薬での治療によって常に頭がボーっとして眠気が酷く、日常生活が困難になってしまったため、今回は精神薬を使わない治療法を選びたいと思っていた。
自身が自覚している悩みは不眠であったものの、安易に睡眠薬を使うのではなく、根本から不眠の原因を知り、生きやすい生活を取り戻したかった。だから、精神科ではなく、精神安定剤などを処方できない公認心理師が営むメンタルクリニックを訪れた。
そんな私に、カウンセラーが提案したのはインナーチャイルドという、自分の中にいる傷ついた小さな私を癒す治療法だった。カウンセリング時は最近あった出来事を話し、その後、目を閉じてインナーチャイルドの声に耳を傾け、あの頃言えなかった気持ちをカウンセラーの前で吐き出す作業をしている。
正直、初めてのカウンセリング時に「インナーチャイルド」というワードを聞いた時、私はやや懐疑的だった。自分でなんとか心を治そうと、これまでに心理学系の本を読み漁ってきたため、インナーチャイルドという言葉は知っていたが、どこかスピリチュアルな感じがして、その存在を信じることができなかった。
カウンセラーから目を閉じて、インナーチャイルドと向き合おうと言われた時、「できないかもしれない」と思いながら指示に従った。適当に話を合わせて終わらせようか。ここでのカウンセリングも失敗だったのかもしれない。そう思いながら、目を閉じた。
案の定、私はなかなかインナーチャイルドと向き合うことができなかった。心の声に耳を傾けようと思っても、頭のどこかで「バカバカしいからやる意味がない」とか「気持ちを口にしてはダメ」などといった声が聞こえて、ブレーキがかかった。そんな状況でも、カウンセラーは私の口から声が出るのを、ずっと待ってくれた。
すると、しばらくして、自分でもよく分からない変化が起きた。無性に泣きたくなり、「寂しい」という気持ちが口から出た。私は、父親の機嫌が悪くなるのを怖がりながら、実家のリビングでおどけている小学生の気持ちになっていた。
そこからはひたすら、あの頃の感情を思い出し、吐き出し、泣いた。カウンセリング後にはメイクが涙でボロボロになり、鼻水も止まらない自分がいた。ああ、こういう風に私はあの頃、誰かに気持ちを言いたかったんだなと思った。
こうしたカウンセリングを何度も繰り返す中で、私は自分の中に、ないがしろにしてきた自分がいたことに気づいた。そして、適切な場で感情を出せないと、しこりのようなものが心にずっと残るのだと思った。
インナーチャイルドを癒すワークは、心理学系の本にやり方が記されていることもある。だが、個人的にはカウンセラーがいてくれるのといないのでは、まったく効果が違うのではないかと思う。
私自身、そうした書籍に記されていたインナーチャイルドワークを実践してみたことがあったが、トラウマに負けてしまったり、自分にこびりついた思考癖を自力で変えたりすることが難しかった。けれど、カウンセラーがいると、自分が思ってもみないような質問や声掛けをしてくれるため、自己卑下な思考を変えるヒントが見つかり、あの頃の自分を癒す言葉が自分の中でも見つかりやすくなる。
もちろん、他にも様々な治療法があり、中にはインナーチャイルドを癒す作業が難しい人もいるため、私が受けている治療法はあくまでも参考のひとつにし、自分に合った方法を探してほしい。
今の自分を癒す前に、今の自分を形作ってきた「これまでの私」を癒すことが複雑性PTSDを治療するカギになるのではないかと、私は思う。生きやすくなるまでの道のりはまだまだ長いけれど、目を背け、我慢だけを強いてきた過去の私を少しずつ救ってあげたいと思っている。