過去を乗り越えた私が『今』大切にしていくこと。
1 1
2024.1.22
前コラムで過去を乗り越えたお話をしましたが、乗り越えた今、
「あれは実はこうだったんだなぁ…」と、見えてくるものがたくさんありました。
そう思う中の一つにこんなものがあります。
「あれだけのものを抱えながらお仕事や社会参加までしようとしていたなんて、なんて無謀で無理なことをしていたんだろう…」というものです。
今回は、過去を振り返り感じたことと、今私が大切にしていくことについてお話ししたいと思います。
執筆:愛
【ぐらぐらな足場】
私が幼少期の頃の環境(虐待など)で身についた生き方は、『自立・自律』とは少しズレたところにある生き方でした。
その生き方をざっとまとめると、
「自己は抑圧、我慢、無視で他人軸」
「常に自己否定、自己非難、罪悪感、劣等感」
「不安+過緊張状態と強い自己防衛」
徹底的に自分を粗末に扱い、他人優先の生き方は、実は幼少期の環境で生き延びるために使っていた生き方でした。
大人たちの様子を逐一見ていなければいけなかったですし、自分の気持ちや意見、失敗は許されません。
私が私として生きることを許すこと、自分の気持ちを吐き出すことは、更なる痛みで返ってくるか家庭が崩壊する、又は兄弟に向かう恐れなどに繋がるため、全てを1人で受けていました。
その為、大人がしてくることは自分でも自分にすることによって、目の前の状況や当時の心を守っていました。(例えば…気持ちを認めてもらえない→苦しい→最初から全ての感情を殺して生きるなど)
そうすると、自分の身体と心を一切無視した(切り離した)生き方になるため、私の場合はその後病気(解離やうつ)になったり、自殺へ向かうほどの状態になってしまいました。
私は発達障害も見過ごされて育ったため、自分の困難さの原因や対策などの方法も何一つ分からないままだったので、そこの苦労も大きかったです。
また、自分を殺して生きるためSOSを出せない人間になっていましたし、例え出しても助けてもらえないという過去の経験から、何でもかんでも自分1人で抱えていくということを続けてしまいました。
基本的に人への信頼は育っていなかったので、会う人々がまず敵なのかどうか、相手は何を求めているか、分かってくれる人なのかどうかを探り続けてしまいます。
そして、虐待などの環境で育った方に見られることが多いそうですが、楽や安心を求めているにも関わらず、苦しみの中に居続ける方を無意識に選んでいることがあるそうで、振り返ると私もそんなことばかりでした。
例えば、人を前にした時、分かって欲しいと思いつつも、その人が分かってくれない部分を見つけては、
「ほら、やっぱりね」
という方に自ら持っていき、そこで安心を得ることが多々あったからです。
自分には悪いことしか起きないと思っていたので、予め芽を摘む行為が結果、安心を獲得することになるので、その心理から出ることはとても難しく、人間関係の構築にかなりの影響を及ぼしました。
基本的な生き方が上記にお話ししたようなものだったので、例えばいくらお仕事ができるようになりたいと願っていても、このような足場がぐらぐらの状態では、まともに人間関係を構築することも難しいですし、自分の許容範囲も理解できていないので、無理をし続けるなど本来考えている自立・自律とは程遠く、社会で生きていくには相当な難しさがありました。(子育ても同様です)
今思うと、あんなにぐらぐらの足場の中で、あれだけのことをしていた(しようとしていた)なんて…本当に恐ろしいくらいです。
これまで何年もかけて医師と心理士さんと共に、負担を減らすことや自分自身を大切に扱っていくこと、人との距離を空ける治療(カウンセリング)を続けてきましたが、だいぶ負担を減らしたつもりで、次は褒められるかと心理面談に臨むと、
「まだまだ多いです」
と言われることもたくさんありました。
そこの認識を変えていくのにも相当な時間がかかりました。
本格的に負担を減らし続けてきて、現在はおそらく当時から約9割も負担を減らした感覚です。(負担=物理的、心理的両面です)
減らしてきて思うのは、もちろん年齢的なものもあるとは思いますが、9割減らしたのに、それでも今…ものすごく疲れます(笑)
こんなに減らしたのにも関わらず、本当はこのくらいでも疲れるんだなぁと知った時、改めて以前の私がどれだけ自分の心と身体を無視してきたのかが分かりました。
そしてもう一つ大きな気づきは、無理してきた自分は、無意識に人にも無理や我慢を求めていたということです。
「私はこれだけのことしてるんだから」
「私だって我慢しているのに」
そんな心の声や無意識な気持ちは、結局は自分だけでなく、周りの人も苦しめていたのだと知りました。
【相談事業の利用】
未だ訓練中で治していこうとしているところですが、負担が減ると別の負担を増やそうとする心理は未だ残っていて、我慢していない、頑張っていない、というような状況になると罪悪感と共に何かしないと!と焦りが始まります。
今はまだ、どんな自分も許すということは難しいので、相変わらず負担を増やそうと先日も、お仕事面や現状のダメ出しを期待して、市で行っているひとり親向けの相談事業を利用しました。
しかし、家の状況やこれまでしてきたことをお話しすると、実際に返ってきた答えは予想外のものでした。
「特に問題と見られる問題はありません」
…!?
自分を中々認められない私からすると、大きな驚きでした。
と同時に予想外の、嬉しさという感情が湧き上がりました。
そして続けて専門家の方は、
「この先10年を見た時に、多分(考えている未来に)なれます。
そのために“今“やることは…」
と、客観的に整理をし、目標に向かっていくために今やるべきこともいくつか教えてくださいました。
そのアドバイスが的確も的確で、お話を聞いて、
『これからは地に足をつけて進むんだ』
と、土台作りの段階にやっと来れたのだということを感じました。
【職業準備性ピラミッド】
「精神的・日常生活の自立(自律)無くして就労はできません」
今回相談事業を利用して、今やることを整理してしていただいた後に言われた言葉です。
その言葉を聞いて、ハッと思い出しました。
以前、子供の就労の見学にあちこち伺った時、とある事業所に貼られていた職業準備性ピラミッド。
私は初めて目にするものでしたが、その時は興味深く見入ってしまいました。
参照:独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)山梨障害者職業センター|職業準備性ピラミッドより
とても分かりやすく必要なことが書かれていますが、このピラミッドを初めて見た時まず思ったことが、
「実際の就労までこんなに遠いのか…」でした。
加えて実際に働いている人でもできていないことって結構あるんじゃないかなぁ…とも思いました。
自立・自律して、今や未来をより充実したものにしていくために、とても分かりやすい表だと感じましたが、とはいえ…
日々目の前の生活でいっぱいいっぱいになることは多く、この表を頭の片隅には入れながらも、特に意識しながら生活することはできていませんでした。
しかし、現在も自立・自律に向けて最初に書いた生き方を修正していく(治療)を続けている中で、先日過去を乗り越えたと思えた時、自分の心の目線が“過去“から“現在そして未来へ“と変わったのを感じました。
そんな今こそ、このピラミッドを活用していくタイミングなのかもしれません。
【心と向き合う】
ずっと「稼いでいないからダメ」だという人からの言葉を呪いにして苦しんできました。
周りからどんなに「できなくて仕方がないよ。そのくらい大変な状況だよ」と言葉を言われても、「ダメ」という言葉を私の中で採用し続けました。
そこに対してもカウンセリングを続けてきて、だいぶ否定の声は小さくなりましたが、小さくなってもまぁ、とてもうるさいのです(笑)
ちょこちょこパートに出たりはしていましたが、どうしても私や子供たちの体調、治療が優先になってしまうため、多くの収入には繋げられていませんでした。
なので、その時の状況でできるお仕事をと頑張っていましたが、一向に静かにならない私の中の否定。。。
長く治療を続けても、捉え方を変えても否定の声は根強かったので、そこで私は考えました。
「ダメだと思ってしまう自分も大切にしてあげよう」と。
否定の声の先にある気持ち、仕事ができるようになりたい、お金を稼いで自立したい、という道を進めるよう模索し始め、そうして出会えたのが、この『パラちゃんねる』でもあります。
そしてその他にも、これも不定期でお休みしたり、今は決して多くはありませんが、収入を得るお仕事を見つけることができました。
なので、現在私は4つのお仕事を持っています。
4つ持ててようやくそこで初めて、うるさかった心の声が渋々少し静かになってくれました(笑)
否定を無くすのではなく、叶えていく方向に歩んでいくことで心が楽になることもあるのだと、そこで私は初めて知ることができました。
まだ不定期であったりお休みすることもありますし、まだまだ私自身と向き合うことが必要なこともあります。
それでも、心の中の「うるさい子ちゃん」が望む未来もこれからも作ってあげたいなと思っています。
自己否定は見方を変えればもっと成長できる道へのサポートだったりするのかもしれません。
そして何より思うのは、心や病気の状態が今の私になって初めて、ピラミッドの土台に乗れるのだなぁ…と感じました。
大きく実をつけるには、まずは土壌を良くして、その次に土台を作って、種をまいて、芽が出て、やがて望む未来に繋がっていくのかなぁ。。と思ったりして。。
そう考えると、私はやっと土壌改良が終わるところなのかなぁと…(笑)
というのも、相談事業のお話の中で、私は生まれて初めて認められた気がしました。
私がコツコツしてきた現状を専門の方に問題ない、このままコツコツ行きましょう、きっとなれます、と言ってもらえたことは、まるで土壌に小さな花がぽっと咲いたようでした。
それは私が、人を信頼して言葉を受け取れる土壌になったという証のようなものでした。
そのお花は、いつも否定の声に隠れて発せられなかった声のような気がしています。
それでもまだ否定する声は無くなりませんが、仕事に関してうるさい声を大切にしたように、
「こうなったらいいなぁ」
「楽しく笑いたいなぁ」
そんな声(小さな花)の方も、これからは大切にしていきたいと思っています。
きっとそれは私が私に、今まで一番できなかったことであり、一番したかったことなのかもしれません。
幼少期、必死に生きるために身についたものが、社会に出ると厳しい指摘をもらうということは恐らく少なくないはずです。
でも、決して、あなたが悪い、ということではないと私は思います。
「そんな中よく頑張ってきたね」
「よく生きてきたね」
「未来は明るいといいね」
まずはそうあなたにも自分にも言ってあげたいです。