身長が伸びない。成長ホルモンが低下する「下垂体前葉機能低下症」とは?
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2022.6.16
下垂体前葉機能低下症という難病を知っていますか?成長ホルモンの分泌が低下し、身長が伸びなくなってしまいます。思春期のときに難病を発症して生まれた低身長のコンプレックス。自分の経験を振り返りながら、お伝えします。
執筆:たに りゅうた
みなさんは、小学5年生〜6年生の時、一年間で、どのくらい身長が伸びましたか?
10cm?15cm?中には、20cm以上も伸びたという方もいるかもしれません。
体の成長は人によって様々だと思いますが、思春期の身長の伸びは、一般的にはかなり身長が伸びる時期という認識の方々が多いのではないでしょうか?
ちなみに私が、小学5年生のときに伸びた身長は一年間でたったの0.4cm。これは、下垂体前葉機能低下症という難病の影響も多分にあったのです。
私は9歳のころから、異常にのどが渇くようになり、水をガブ飲みして1時間も経たないうちにトイレに行き排尿するようになりました。
前回は、難病当事者としての生活と、病院での診断、入院生活や治療法についての話を書きましたが、私が難病で困ったことは、のどの渇き、水分の大量摂取と頻繁で大量の排尿だけではありませんでした。
冒頭でもお伝えした通り、身長がなかなか伸びなかったのです。
身長が伸びないことと、のどの渇きの二つは全く別の症状に思えるかもしれませんが、実はどちらも脳の中の「下垂体」と呼ばれる部分に関わりがあります。
下垂体は、全部で9種類のホルモンの分泌をコントロールしています。私はその中でも、4つのホルモンの分泌が上手くいっていません。
1つ目はADHと呼ばれる、腎臓に働きかけて水分調整を行うようにコントロールするホルモン。前回コラムで書いた難病、下垂体性ADH分泌異常症の原因です。
2つ目は、GHと呼ばれる、骨や筋肉の成長を促進する成長ホルモン。今回のコラムでお伝えしようとしている難病、下垂体前葉機能低下症の原因です。
下垂体前葉機能低下症の症状として成長ホルモンの分泌が低下してしまい、身長が伸びなくなってしまったのです。あと2つのホルモンについては、今後のコラムで書いていければと思っています。
最初は成長ホルモンの分泌が低下しても、自覚症状はありませんでした。痛みがあるわけでも、苦しいと感じるわけでもないからです。
私がこの難病になって最初に感じたつらさは、その治療によるものでした。毎日、自分で自分に注射を打たなければならないのです。私はこの「自分で自分の体に注射針を刺す」という治療に対して、強い拒否反応を示しました。自分で自分の体に注射針を刺すことは怖かったので、当時は、毎晩、母親に注射をしてもらっていました。
また、小学6年生の私にとっては「成長ホルモンの分泌が低下している」という病気の理解が難しかったです。実際は死に至る病ではないのですが、「自分は死んでしまうのではないか。」という不安もありました。
この難病については、治療内容のつらさや、症状の理解の難しさだけでなく、思春期ならではの悩みもありました。
それは、周りの同級生たちの身長がぐんぐん伸びていき、自分の身長を抜かしていくことです。小学5年生の時は、クラスで背の順で整列するとちょうど真ん中くらいでしたが、小学6年生になった時には前から4番目になっていました。
「高身長の方がカッコイイ」と思っていた私は「どうやったら身長を伸ばせるだろうか」と必死に考えて、いろいろと試行錯誤をしました。毎日牛乳を飲むようにして、小学校のころから続けていたサッカーを止めて、中学校からはバスケットボール部に入部しました。
ただ、部活をしていても自分の身長が気になりました。中学校に上がったときの私の身長は142cm。部活内の同級生の中では1番低い身長でした。練習をしていても、上手くプレイできないこととは別に、自分の身長や病気を気にして、そのことに対する劣等感がありました。
今振り返ってみると、当時は病気によって身体だけでなく、心も蝕まれていたように思います。
下垂体前葉機能低下症は、子供の頃からの毎日の注射や、身長が伸びないことで生じたコンプレックスなど、身体的だけでなく、精神的にもきついことが続きました。
きっと、病気の症状が表れた時期が、ちょうど思春期だったこととも関係していると思います。「高身長がカッコいい」と思っていた私は、周囲の人と自分の身長を比べては、その差に劣等感を抱いていました。
自分の身長をあそこまで気に病んでしまった背景には、自分の好き嫌いや、外見など、ごく限られた判断基準しかもっていなかったことも関係しているかもしれません。
この難病は、見た目では分からないものです。治療のおかげもあって私の身長は171cmまで伸びましたが、今でも、成長ホルモンの注射は続けています。
成長ホルモンは身長を伸ばすことだけでなく、代謝機能や認知機能、免疫機能などにも作用するため、これからも治療や通院は必要です。
難病患者に限った話ではありませんが、見た目では伝わりづらい困りごとや、生活のしづらさを抱えている人もいます。元気そうに見えても、何かその人なりの事情があるかもしれない、と想像していただけるとありがたいと思います。
Text by
たに りゅうた
三重県出身。9歳で下垂体性ADH分泌異常症/下体前葉機能低下症を発症。日々の投薬や週に一度通院する生活を送っている。愛知みずほ大学卒。患者団体、三重県下垂体友の会会長、NPO法人三重難病連の理事も務める。社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、公認心理師として障害福祉の仕事に従事。