視覚障碍者の私が日常生活の中でストレスを感じること
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2023.11.25
私は全盲の視覚障碍者です。目が見えないと、日常生活のありとあらゆる場面でストレスを感じることがあります。今回は私が日常生活で感じるストレスについて、家庭内と社会生活に分けて書いてまいります。
執筆:小川 誠
私は全盲の視覚障碍者です。目が見えないと、日常生活のありとあらゆる場面でストレスを感じることがあります。
身近に視覚障碍者がいないと、どんな場面でストレスを感じるのか意識したことがないかもしれません。
今回は私が日常生活で感じるストレスについて、家庭内と社会生活に分けて書いてまいります。
家庭内でのストレス
私にとって家庭内でストレスになることは、物の位置を勝手に変えられてしまうということです。物を使ったら元の位置に戻すことは健常者でも意識しているかもしれませんが、視覚障碍者の場合は物の定位置がより一層重要になります。定位置から勝手に移動されていると、物を探すことが困難になってしまいます。
また、床に物が置いてあったり扉が中途半端に空いていたりすると、つまずいたりぶつかったりしてしまうこともストレスです。
私の家系にはこれまで視覚障碍者がいなかったこともあり、家族は私が生まれるまで視覚障碍について意識したことがなかったのではないかと思います。そう考えると、仕方ないとは思います。
しかし、何度か言っているうちに頻度は少なくなり、少しはストレスの度合いが減ってきました。
社会活動でのストレス
社会活動の範囲が広がってくると、それに比例してストレスを感じることが多くなってきます。
ここでは、歩行時、買い物、パソコンやスマートフォンでの操作中の三つを取り上げてみます。
①歩行時
私は普段、白杖を使いながら単独歩行をしております。歩行時、点字ブロックの上に人が立っていたり、自転車や荷物が置いてあったりすることがありますが、点字ブロックはふさがないようにしていただきたいです。
そのまま進むとぶつかってしまいますし、立っている人も視覚障碍当事者も怪我をする恐れがあります。一時的に置いているだけのつもりであっても、転倒や怪我の原因にもなります。また、そこで衝突してしまうと置かれていた物が破損することもあり、お互いに嫌な気分になってしまいます。
点字ブロックが、視覚障碍者が歩くときの道しるべであることを改めて認識しておいて欲しいと思っています。
②買い物
買い物をするときのやりとりが上手くいかず、ストレスを感じることもあります。
例えば、コンビニで「お惣菜系のパンは何がありますか?」と尋ねたときに「コロッケパンです」と返事がきます。
さらに、私が「コロッケパンだけですか?」と訊くと、暫く間が空いてそれ以外のお惣菜のパンの種類を教えて下さいます。私が最初の質問の時点で惣菜系のパンの種類を知った上でその中から選びたいと考えていても、質問の仕方によっては意図が伝わらないときもあります。
最近では、私の質問の仕方がよくなかったのかもしれないという反省も踏まえて「お惣菜のパンは何があるか、全て読み上げて下さいますか?」と聞くようにしています。
③パソコンやスマートフォンでの操作
パソコンやスマートフォンでの操作でストレスに感じることは、各種サービスの登録、または変更のときに現れる画像認証やパズル認証などのときです。
セキュリティ対策としてロボットではなく人が操作しているのか確認する操作ですが、現段階では視覚障碍者にとっては使いづらい設計になっています。
例えば、画像認証では、画面に表示されている薄く描かれた英数字を入力することで人が操作していることを確認できます。
私は音声読み上げソフトであるスクリーンリーダーを使ってパソコンやスマホを操作しているのですが、スクリーンリーダーではこの薄い英数字を確認することができないのです。
最近では、音声を聴いてそれをキーボードで入力する方法なども出てきていますが、決定的な解決にはなっておりません。
その他、認証困難なシステムとして、パズル認証や、表示されている指定されたものを選択するといったものがありますが、そのどれもが視覚障碍者では突破することができません。
手続き完了まで、しっかりと単独でスクリーンリーダーで行えるようになって欲しいです。
まとめ
上記に挙げた例は視覚障碍者である私にとってのストレスのうちのほんの一部です。実際は、日常生活のありとあらゆる場面で、ストレスを感じることがあります。
私はストレスを強く感じたときに、「みんなが生きやすい世の中ってなんだろう」と思ってしまいます。
おそらく、視覚障害者だけではなく、さまざまな立場の人たちがストレスを感じて生きていると思います。ストレスをゼロにすることは大変難しいことではありますが、社会の中での助け合いによって抱えるストレスを軽減させるということはできると思います。
私も「他の人を幸せにしたい」という心を常に大事にしていこうと考えております。