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交渉や調整が苦手なADHDの私に訪れた危機とそこから得た学び。

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2023.8.22

昔から交渉や調整が苦手だ。想像しただけでしんどい。どこまでが発達障害の影響かはわからないけれど、私と同じように交渉が苦手な発達障害当事者は多いと思う。今回は、間に入ることや調整が苦手な私がたくさんの失敗から得た学びについて書いていこうと思う。

執筆:森本 しおり Morimoto Shiori

昔から交渉や調整が苦手だ。想像しただけでしんどい。どこまでが発達障害の影響かはわからないけれど、私と同じように交渉が苦手な発達障害当事者は多いと思う。

交渉が苦手だと、何かとトラブルにつながりやすい。失敗を何度も繰り返してきた私は「もうちょっと上手に調整できるようにならなきゃいけない」と思った。

今回は、間に入ることや調整が苦手な私がたくさんの失敗から得た学びについて書いていこうと思う。


私は約6年前から放課後等デイサービスという、障害児向けの学童のような場所で働いている。社員は非常勤も合わせて10人程度の小さな会社。毎日5人くらいの職員で、10人程度の障害児の支援をしている。子ども達に勉強を教えたり、一緒に遊んだり、療育と呼ばれる社会に出て行くための練習のようなカリキュラムを提供したりしている。

今年の始め、長く働いていた人が4人も退職してしまった。社員が10人程度の会社で4人辞めるのは大変なことだ。

特に問題になったのは「誰が送迎業務をするのか」ということだった。退職した人達は運転業務の中心を担っていたので、送迎が回らなくなってしまった。

そこで、白羽の矢が立ったのが運転免許を持っているけれどペーパードライバーな私。入社時は運転をしないという契約になっていたが、これまでも何度か「運転してみない?」と打診はあった。

「実は、前に事故を起こしたことがあるので」と説明して、この6年間は運転業務を避けさせてもらっていたが、今回はその理由だけだと逃れられそうになかった。

何カ月も求人を出し続けても応募者が来ないという状況もあり、みんな困っていた。

そんなある日、経営者に呼び出されて車の運転について、二人きりで話をすることになった。「車の運転は誰もが最初は慣れないし不安なものだけれど、あなただけが特別に危険だと感じる理由は何?」と聞かれた。

プレッシャーがすごい。怖い。でも、内容はごもっとも。

私は自分が運転を避けることで、他の職員にしわ寄せがきていることも知っていた。免許を持っているのに運転をしていないのは私だけ。運転手が足りている状況では融通をきかせてくれていたが、今はどう考えても分が悪い。

悩んだ末に、「今は決められないので」と話を持ち帰らせてもらった。

正直に言えば、私はこの時点で「もう辞めるしかないか」と半分くらい諦めていた。車の運転は仕事の一部なのだから、避け続けることはできない。これまでが幸運なだけだった。

運転をしたくない本当の理由は、私がADHDだからだった。ADHDでも車の運転をしている人はいるだろうし、その人達についてあれこれ言う気はないけれど、私は仕事で運転できる自信がなかった。

疲れると頭がボーっとして集中できなくなるし、もともと運転が好きじゃなくて、教習所に通っていたときも50分運転するだけで疲れて頭痛がするくらいだった。

そこで覚悟を決めてカミングアウトをした。実は私は「クローズ」で、自分の障害については何も伝えずに働いていたのだ。

「すみません。これまで伝えていませんでしたが、私はADHDの診断をされています。だから、運転はできません。自分だけでなく、子どもを危険にさらすことが怖いです。この仕事は車の運転が必須ですし、これまで運転を避けさせてもらったことをありがたいと思っています。もし、私がいることで運転できる人を雇えなくなっているのであれば、私は辞めさせていただきます。」

すると、「車の運転ができないとしても、今辞められると困る。続けて欲しい。」という答えをいただいた。

ところが、このカミングアウトをした後でも「運転をしてほしい」という打診はなくならなかった。ADHDと伝えても「運転してほしい」と言われるとは思っていなかったので、戸惑った。

「主治医に止められました」と「運転禁止の薬を飲んでいるので(ADHDの治療薬は二種類とも運転禁止薬リストに入っている)」の二つを伝えた。

その後、運転できる人が入社してくれたこともあり、私が運転するという話は無くなった。


今回、メインでお話したのは運転業務についてだったが、それだけでなく「辞めた人達の仕事を誰に割り振るか」を巡る攻防は激しかった。退職した人達が請け負っていた部分の仕事が宙に浮いたまま、「誰がこの仕事をやるんだろう」とみんなが様子を伺っていた。

知らんぷりする人もいれば、不機嫌になって八つ当たりする人もいた。バチバチの口論を見かける場面もあって、職場がピリピリ、ギスギスしていた。私も運転以外の部分では、仕事がかなり増えて心の余裕が無くなった。

私はこれまで「辞める立場」になることが多かったので、「残された方はこんなに大変なのか」とびっくりした。退職者が出ても、仕事は無くならない。それを誰かがやらなければいけない。運転業務をめぐる折衝は、その一部だった。

振り返ってみると、この一連の流れはしんどかったけれど、必要だったと思う。退職者がたくさん出たことも、誰が宙に浮いた仕事をするのかもめたことも、起きるべくして起きたのだと感じる。

私に限った話をすれば、前々から「いつかは運転の問題を避けられない日が来るだろうな」と思っていた。障害を隠していたことで話がややこしくなったので、自己責任でもある。

おそらく、経営者だけでなく他の職員も長い間「なぜ、森本さんは運転しないのか?ずるい」という不満があってモヤモヤしていたはずだ。

もしかしたら、全員に「すみません。私は障害があって運転を避けたいので、みなさんにお願いします」と打ち明けていたら、受け止め方も変わっていたかもしれない。それでも不公平さから生まれる不満がきれいに消えて無くなるわけではないと思う。

話し合いはいずれしなければいけないことだった。私だけでなく、他の人達も疲弊したと思うが、必要な過程だった。


交渉はしんどい。できることなら避けたいけれど、他者がいれば全員の利害が合わないときもあるし、向き合わなければいけない場面も出てくる。誰にとってもストレスのかかる作業だけれど、発達障害当事者は特に苦手な人が多いと思う。

それでも、自分を守りながら周囲の人達と協力していくには欠かせない。生きていく上で必要な力だと思う。今回、私は「ぎゃー、本当に苦手!」と仲のいい人に愚痴ったり、体調を崩して「もうダメだ…」となったりしながら、なんとか乗り切った。

厳密に言えば、乗り切ったと言えるのかも微妙だ。私が経営者と何週間かに渡ってやり取りしている間に、たまたま運転できる人が入ってきてくれただけ。自力で解決したわけじゃないが、周囲に「森本さんは絶対に運転したくないんだな」ということは伝わったと思う。

カミングアウトの前は「障害があると伝えれば、理解を得られるだろう」という淡い期待を抱いていたけれど、そう簡単にはいかなかった。現実は厳しい。

たとえ、「障害特性で苦手です」と言ったところで、交渉の必要な場面は無くならない。これからも必要なときが来たら、腹をくくろう。

…はぁ、もっと強靭なメンタルが欲しい。

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
就職後1年でパニック障害を発症し、退職。27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。プラスハンディキャップなど各種メディアへ寄稿中。

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