左半身麻痺の障害を持つ私の自立や独立を妨げるものは何か?
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2022.11.15
私は40を過ぎてから心筋梗塞を発症し、そのカテーテル手術の合併症で脳梗塞になり、左半身麻痺の身体障害者になって、それまでの生き方や人生ががらりと変わりました。今回は、そんな私という障害者にとっての自立について書いていきたいと思います。
執筆:市川 潤一
私は40を過ぎてから心筋梗塞を発症し、そのカテーテル手術の合併症で脳梗塞になり、左半身麻痺の身体障害者になって、それまでの生き方や人生ががらりと変わりました。
前回は、それまで生活や仕事の基盤があった土地を離れて、別の環境で障害者として生きていくことになり、「ここでこのまま生きていくのだろうか?」ということについて書きました。
その中で自立や独立して生きていくことに触れたので、今回はそんな私という障害者にとっての自立について書いていきたいと思います。
私たち障害者にとっての大きな壁や問題となってくるのが、この自立や独立だと思います。何を持って自立や独立というかは、本人、支援者、周囲の人たちの価値観や思惑、問題点が多分に関わってくるのではないでしょうか。
私の場合、ひとつ例に挙げるなら「住環境」でした。
我が家では「家の立地が危ないから」とケアマネやリハビリ、福祉の支援者などから引っ越しをすすめられることが何度かあり、その度に、家族は「半身麻痺があるのに一人で生活なんてできるわけがない。余計なことは言わないでほしい。」と、いつも話が平行線になりました。
そのように言われると、私は「やってもいないのに、なぜそのように決めつけるのだろう」といつも感じてイライラしてしまいます。
それこそ土地柄もあるのかもしれませんが、私の住んでいる地域では障害者が外を出歩くことに好意的でない人が多いと感じます。他人に迷惑をかけるくらいなら家でじっとしておいた方がいいと考えるのかもしれません。
引っ越しの件は、私の住む町では民間の業者から「障害のある方だとオーナーの許可が出ない」とほとんど断られました。
こういった決めつけや偏見が、チャレンジしたくてもさせてもらえないような空気感を作っているように感じます。何が原因で生まれたものなのか。
障害を理由に断られる状況というのは、不動産だけでなく、就職活動においても、多々見受けられます。障害者向けの企業説明会でも「バリアフリーが整っていないから」という理由で断られた企業もいくつかあり、違和感を覚えました。
私は自分が身体障害者になるまでは、言い方は悪いですが、40を過ぎても独り身で自分の好きなように生きてきました。今は、家族たちのこういう偏見や価値観に息苦しさを感じながら日々を生きています。
きっとこういう価値観は私の家族だけで無く、多くの支援者や一般の人たちも持っていて、障害者の自立や独立がより難しくなっていると思います。
しかし、世の中には障害があっても、きちんと自分で自活して生活をしている人がいます。ここで言う自活とは、実際に自分で炊事洗濯、掃除までしているという意味だけでは無く、その部分は福祉サービスを利用しながらも、仕事や社会の中での役割を持ち、社会の一員として生活しているという意味が私の中では大きいです。
障害者というだけで住居や仕事など、いろんなことが制限を受けてしまう状況が、現在は数多く見受けられます。
こういう話をすると、障害者をすべての面で優遇することはできないとか、住居や仕事選びにおいて、断られないだけの圧倒的なスキルや身体能力を身につければいいという人も中にはいます。
私が健常者だった頃の経験からしても、実際にやってみて身に付いたり、経験として上積みされていくというものもあります。そのスタートラインにすら立たせてもらえない状況というのが、今の社会にはあまりにも多いような気がします。
近年では共生型の社会などという言葉もよく聞かれます。ある部分で秀でたスキルを持つ障害者がクローズアップされがちですが、そうではない人たちも多くいます。
いわゆる健常者と同じように障害を持つ人たちも社会にどんどんコミットし、障害を理由に諦めたりすることなく、障害を持つ人誰もが自分がしたいことにチャレンジできる障害者を受け入れる寛容な社会が生まれてこそ、本当の意味での障害者の自立や独立というものが達成できるのではないかと思います。